お、祭れ!部屋・裏

□幻水『伸ばした後に』
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「これは、何?」

月明かりにぼんやりと浮かぶ肌。
朱に染まったそれに舌を這わせながら、ルックは尋ねた。
シーツに突っ伏して、必死に声を抑える彼に、果たして届くだろうかと思いながら。

肌を重ねるようになって、それほど月日が過ぎたわけでも経験を重ねたわけでもない。
が、ただただ相手を求めてがむしゃらに、それこそお互いを傷つけ合ってでも身体を重ねるようなことを繰り返していれば、自然とその先を学習していく。
少しずつ触れあう手には余裕が生まれ、呼吸を合わせることを覚えていった。
それこそ、当初翻弄されることを腹立たしく思っていたルックなどは、その手間を惜しまなかったらなおさらだった。
結果として、ルックはこうした状況下では、ティトを翻弄することに成功しつつある。
そんな現状に、時折ティトは文句をつけるが、役割的にも彼の方が不利なのは明らかだし、そもそもこうしたことを自分に教えたのは彼なので、文句を言われる覚えはない。とルックは思っている。
が、ティトにしたらそれこそお互いさまだと言うだろう。
そうして手に入れはじめた余裕でもって、最近ではルックは、色々なものに気付けるようになってきていた。
これもその一つだろう、とルックは、疑問の根源に口付ける。
広いとは言い難い背中に散らばる皮膚の歪み。
それは傷跡だった。

「…な、なに…?」

荒い息遣いの中、返ってきた擦れた声。
体内の異物感にようやく慣れてきた様子の彼に、ルックは小さく笑みを浮かべた。
動きをとめてやりながら、先程の問いを繰り返す。

「これは何…?」
「これって…?」
「コレ」

歪んだ皮膚に再度舌を這わせると、ティトが小さく震えた。
あがりそうになる声を噛みしめる、くぐもった音が聞こえる。
そうした些細な仕草のひとつひとつが、ルックの中に小さな波を引き起こした。
喰らいたくなる劣情を、唇をかみしめて、抑え込む。

「傷がある」
「…きず?」
「これは…鞭?」
「…ああ」

合点がいったのか、ティトは小さく息をついた。

「たぶん…キャロでつかまったときのものだと思う…」
「拷問か…」
「そこまではいかなかったけど…まぁ、憂さ晴らしというか…」

退屈しのぎみたいにも見えた、とこともなげに言うティトに、ルックは顔をしかめた。
まるでそのとき受けた痛みなどなかったかのような軽い調子。薄っぺらい背中、背骨を突き抜けて左右に走る、傷跡ばかりが生々しい。
少しばかり感じる苛立ちのまま、ルックは臥していた身体を起こした。
途端、伝わってくる身体の緊張。繋がっている以上、わずかな動きでもティトの身体を侵食する。
彼の反応に触発されて、2、3度腰を動かせば、はっと荒い息が吐き出された。無意識にシーツに縋る指が白い。
彼の内部で咀嚼される。脊柱を駆けあがる快楽に、そのまま律動を再開させそうになり、ルックは息をついてその衝動をやり過ごした。まだ早い。
目前に見下ろす、ぼんやりと浮かび上がる背中。
汗にしっとりと濡れる肌に、指を這わせる。
傷跡は一つや二つではない。

「これは矢傷、これは爪…獣にでも襲われたのかな…」
「たぶん…どこでついたかは、っ、覚えてな、い」
「これは火…そういえば燃えた砦から逃げ出したって言ってたね」
「う、ん…」

一つ一つ、指と唇で辿る。
その度に震える身体。
傷だらけの身体。

「これは…剣、かな…ナイフよりは深い…」
「…一生の、ふ、かく…」
「背中の傷は、ってやつ…?今更?そんなこと、気にするの?」
「はは…あんま、り…」

甘い吐息も交えながら、まるでそれを誤魔化すようにして、ティトはルックの戯れを茶化す。
ぎりりと、奥歯に力がこもるのを、ルックは止められなかった。
ルックにもわかっている。ティトは自分に頓着がない。自己犠牲を語るつもりはないだろうが、彼は良くも悪くも手段を選ばない節がある。自分の心のまま、ためらいもなく、敵兵の中を、矢の雨の中を、魔の嵐の中を、突っ走る真似をした。それはもちろん必要に迫られてのことで、彼の思うものを彼の思うように守るのであれば、確かにそうするしかなかったと認めざるを得ないことが多い。けれど、それを認めては、その瞬間凍りついたこの心臓はどうしてくれる。
ティトは軍主という自身の立場も、安否を気遣う周囲の心配も、きちんと理解している。死んではいけないと知っている、自分を守る力もある、だから、絶対に死なないと、大丈夫だと笑った。
けれど、そうではないのだと、ティトは知らない。少なくともルックは、そうやって彼が笑う度に腹が立って仕方がなかった。だから、いつも問答無用で殴ってやった。許せないのだと知らしめてやりたかった。
そうまでして、誰かに伝えたい感情があるのだと知ったのも、彼に出会ってからだ。
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