短編

□まっさらな2人になって
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スコッチの死の真相を知ったのは、組織壊滅戦の前だった。

コナン君のおかげで各国の機関が手を取り合い、組織を壊滅させる為の準備が整った。FBIは気に食わないが作戦には必要だからと私情は抑え込んだ。ようやくこの時が来たんだと1人作戦本部の屋上で風に吹かれていると、思い出すのはやはりスコッチの事だった。

彼とは幼馴染みだった。同時に恋人でもあった。公安になってからはそんな雰囲気を人前で出した事はないから、この事を知ってるのはかつての親友達だけ。そして、今はもうその事実を知る者は誰もいない。

赤井は嫌いだが実力は認めている。本人には絶対言わないが。だからこそ、本当にスコッチの件は自分が推理した事が事実だったのか…最近になって疑問に思うようになった。あの時のスコッチの立場がもし自分だったらどうする。あの時の状況は?スコッチが自ら銃を撃ったのは間違いない。スコッチが実力のある奴だという事は赤井だってわかってたはずだ。組織の中枢に潜り込む為に見捨てた?いや、今だからこそわかる。赤井はそんな事しない。実力があるからこそ、生かして協力させる。

冷たい風が頭を冷やして脳がオーバーヒートするのを抑える。立てた1つの仮説に、タイミング良くタバコを吸いに現れた赤井に真相を詰め寄るとすべてを話してくれた。それは残酷な真実であった。

組織はまだ壊滅していない。私はまだバーボンや安室の皮を被っている。途中でなんか投げ出さない。投げ出せない。自殺とか考えるなよなんて言う赤井に、そんな事する訳ないでしょとすれ違い様に気持ち軽めにパンチを喰らわした。赤井は意外にも受け止めも避けもしなかった。だからと言ってその澄ました顔は気に入らなかったが。

組織は壊滅した。残党狩りも大方終わった。長い潜入捜査だった。ようやく元の降谷零に戻れる。でもバーボンであった過去は消し去れない。スコッチを死なせた過去は変えられない。2人で同じ明日を夢見てた、毎日が輝いていたあの頃には、もう戻れないのだ。

すでに解約して使えない携帯を取り出す。これにはスコッチからの最期のメールが残っている。スコッチへの想いを未だ燻らせてる自分。でもこの気持ちは簡単に捨て切れないし、この件に関しては自分を欺く事も偽る事もできない。トリプルフェイスなんて完璧な仮面を被っていた自分でも、彼が関わると仮面にヒビが入り途端に脆くなる。

悪いって思ってるならどこまでも足掻いてよ。あの世しかないって、じゃあななんて残酷な事、1番言ってほしくなかった。

気付けば私はスコッチと初めて出会った公園に来ていた。確か、私が悪ガキ達にイジメられて泣いてる時に声を掛けてくれたんだっけ。その時は砂場に座り込んでて…と、記憶を引っ張ってきてあの時と同じようにぺたりと座り込んでみる。もしかしたらスコッチがまた声を掛けてくれるかもしれない、なんて。そんな事ありえる訳ないのに。

砂を両手で掬う。水分の含んでいない砂はさらさらと零れ落ちていき、やがて手のひらは空っぽになった。まるで私のようだ。愛した人もかつての親友達も。みんなこの手から零れ落ちてしまった。空っぽになった私に残ったのは後悔だけ。彼がいない未来なんていらない。どうせならこの愛しい記憶ごと消えてしまえばいいのに。

空っぽの手のひらに雫がぽたぽたと落ちていく。それが自分の目から流れる涙だと気付くと、喉が引きつる感覚が襲ってくる。泣いたのはいつぶりだろうか。スコッチが死んだ時ですら泣かなかったというのに。いや、あれは泣けなかったのか。
キリがないようにとめどなく限りなく流れていく涙。拭い切れない涙に溢れてくる想い。

「もう1度…もう1度はじめたいよ……まっさらな、2人になって…。」

嗚咽の中に心の奥底にあった願望をのせる。耐え切れず叫んで、もがけばもがく程震える胸が痛くなる。それでも私は叫び続ける。

「もう、いちど…だけ……。」




「ねぇ、君大丈夫?どっか痛いの?」




はっと顔をあげるとそこにはとても懐かしい姿。幻覚でも見てるのだろうか。

「怪我してる!来て!手当してあげる!」

怪我?そんな物は…と自分の姿を見て愕然とする。小さい。服装も子供の頃着てた奴だ。夢、か…?
手を引かれどこかへ連れて行かれる。ここは…記憶にあるスコッチの実家だ。玄関に座って待ってると救急箱を持った幼いスコッチが戻ってくる。

「染みるけど我慢してね。」

たどたどしい手つきで消毒液を垂らしぽんぽんとガーゼを当てられる。走った痛みに身体がピクッと反応し…待て、痛いだって?痛覚がある?これは夢でしょ?

「はいできた。俺こういうのあんまりうまくないから、帰ったらお母さんにやり直してもらってね。」

目の前ではにかむ愛しい人の子供の頃の姿に、一抹の期待を寄せぴとっと手を彼の心臓に当てる。トクントクン…心地よい鼓動が鳴っている。血の通う温かさが空っぽだった手のひらに熱を与える。

「あ、あの………うわっ!ど、どうしたの?!」

ガバッと抱き着くといきなりだったせいで私を受け止めきれず押し倒してしまう。それでも私はぎゅっとして離さなかった。この温もりを離したくなかった。

「ね、ねぇ…「今度は、」…え?」

「今度は…私が…守る、から…。」


もう誰も、失いさせやしない。何一つ、この手から零れさせやしない。例え取り零しても、掬って…救ってみせる。


まっさらな2人は、再び共に歩みを始めた。今度は違う道を…。

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