Teaching

□16限目
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ヴィっちゃんをホテルまで送り届けた後寄り道する事なく帰宅する。車を車庫に入れ家へ入ろうとドアノブに手を掛けたが、なんだか1人でいたくてドアへ向いていた足を返した。
どこへ行くとも決めてなかったが気付けばあの思い出深い木々に囲まれた秘密基地のベンチに座っていた。そこで私はせんせーの面影を探していた事に気付いた。あんな事件が起きて、あれはせんせーじゃないと、せんせーはちゃんと生きてると安心したくて無意識に足が向いてしまったのだ。
遅い時間ではないが夜の公園は閑散としていて、加えてこの秘密基地のような場所は人目につかない為まるで別世界のように感じた。冷えた風が体温を下げていく。きちんと防寒対策しとけばよかったと思うが後の祭り。まだここに居たいしわざわざ戻って支度し直すのもめんどうだった。
安心したくてここに来たのに頭に浮かぶのはネガティヴな事ばかり。それでもせんせーとの思い出がいっぱい詰まったここから離れたくないという負のスパイラルでだんだん冷静さが失われていく。このままではヤバいとわかっているのに身体が言う事を聞いてくれない。
脳裏には首を吊った波土さんの姿。それが勝手にせんせーの姿へとすり変わる。ただの抜け殻となったせんせー。笑わない人形のようなせんせー。冷たくて生気のないせんせー。嫌だ。そんなせんせー見たくない。ポロポロと大粒の涙が次から次へと溢れ落ちていく。せんせーの優しい眼差しで見つめてほしい。せんせーには笑ってほしい。せんせーの温かい体で包み込んでほしい。せんせー、せんせー…。

「はぁっ…はぁっ……。」

あれ、なんだかうまく息が吸えないし吐けない。苦しい。呼吸ってどうやってするんだっけ。苦しい。喉が引きつって痛い。苦しい。過呼吸って言うんだっけ。落ち着け。落ち着いて。苦しい。あぁぐったりと横たわるせんせーが頭からこびりついて離れない。苦しい…せんせー……助けて。

「–!!–––っ!!」

誰かが叫んでいる。誰だろう。顔を覗き込まれた。涙で霞んでよく見えない。背中が温かい。この声はなんだか安心する。それでも骸になったせんせーを払拭できない。消えてよ。苦しい。自分じゃもうどうしようもできない。

「はぁっ…せん、せー……どこ…はぁっ…たすけて…はぁっ………。」
「っ!ああもうっこれはノーカンだからな!!」
「…んむっ。」

ノーカンって何が?その思考は一瞬にして止まった。目の前の誰かがさっきより近く見える。というより今度は近すぎてぼんやりとしか見えない。唇に柔らかくて温かい何かが当たっている。さすがにこの状況は今の私でもわかる。この人にキス、されてる。わずかに開いた口から息が入ってくる。あぁそうか…この人は過呼吸の私を助けたくて強行手段に走ったのか。背中を撫でる優しい手に合わせて乱れた呼吸が落ち着いていく。
驚きで止まった涙が目尻から流れ落ちた時、相手と視線が交わった。その鋭くも優しい眼差しは私が大好きな人のそれで。私が平常心に戻ったと確認したその人はゆっくりと唇を離した。

「もう大丈夫だ、すみれちゃん。」
「せんせー…!」

思わず抱き付いてしまったがせんせーは軽々と抱きとめた。そして背中をぽんぽんとする優しい手に安堵の涙が流れる。

「せんせー生きてる?」
「あぁ生きてる。」
「本物?夢でも幻でもないよね?」
「夢でも幻でもないさ。俺はちゃんとここにいる。」

今度はぎゅっとしてくれる手に私も手に力を込める。せんせーはここにいる。ここに…、

「なんでここにいるの?」

ふと湧いてきた疑問にせんせーを見上げる。

「それに変装もしないで…危ないよ。」
「沖矢経由で弟から連絡があったんだ。すみれちゃんに何かあったなんて知ったらすぐに駆けつけたいし変装する時間が惜しい。それにすみれちゃんならここにいると思ったんだ。」

げす君の差し金だったか。でもおかげでいつもの私に戻れたのだから今度何かお礼しなきゃ。脳内でこれでこいつら付き合ってないんだぜ?とげす君が言うが無視しといた。

「それで、何があったか言えるか?詳しくは聞いてないんだ。」
「実は…、」

私は今日起きた事件について簡潔に話した。亡くなった人とせんせーが重なって見え情緒不安定になった事。安室さんが組織の一員として来ていた事。ヴィっちゃんと知り合いだという事も話した。

「今まで事件に関わった事はあったけど、死体を見るのは初めてで…。せんせーもいなくなっちゃうんじゃないかって怖くなった。」
「そうか…。気休めにしかならないだろうが、俺は大事な生徒を残して逝ったりしない。宿題を再提出してもらって一緒に解いて採点するまではな。」
「…そーゆーのフラグって言うんだよ。」
「そんなフラグへし折ってやるさ。」

不敵な笑みを浮かべ宣言するせんせー。私がここにいるとわかった事といいやっぱげす君と兄弟だなと血のつながりを感じる。

「ねぇせんせー。寒いからこのままくっついて話していい?」
「あぁ、俺も寒いし。この体勢じゃキツそうだからちょっと変えるぞ?」

そう言って隣り合って抱き付いていた私を横抱きにし座り直すせんせー。重くないか聞くと丁度いいと返ってくる。丁度いい、とは?
せんせーに寄りかかると丁度耳が心臓辺りに来て、トクントクンと生きている証の音が聞こえる。

「せんせー…聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あの日…せんせー、否、スコッチが死んだとされる日。何があったの?」
「それを聞いて、どうするんだ?」
「特に何かするって訳じゃないけど。降谷サンが赤井サンを殺したい程憎んでるのはせんせーが原因だってげす君が推測してて。げす君が降谷サンからも話を聞いてると思うけど、せんせーからも聞きたくて。なんかいろいろ勘違いとかあるんでしょ?」
「まぁ確かに勘違いがあったが…早まった俺が悪いからなぁ。引くにも引けないからそのままにしたんだが、返って良くなかったと今では反省してるよ。」
「本音言っちゃうと公安とFBIが協力すれば早く事が済みそうだと思うんだけど…降谷サンがあれじゃあ難しいかな。その辺はげす君がなんとかすると思うけど。」
「俺が蒔いた種を弟に任せるなんて情けないが、今の俺じゃできる事が限られてるからな。俺としても零と赤井は仲良くとまでは言わないが、せめて協力してほしいと思ってる。…あの日俺は、」

せんせーは目線を遠くに飛ばしその日の事を語ってくれた。
私とせんせーの最後のレッスンの日より前からスコッチは組織の裏切り者じゃないかと噂されていたらしい。その事があり私との決別を決めたそうだが、私が何年でも待つと言い張ったり、自分を大事にしろとせんせーを鼓舞した事により何が何でも生きて帰ると心に刻んだそうだ。

「あの組織を抜けるのは容易な事じゃない。だから死んだ事にしてしばらく身を潜める事にしたんだ。」

組織の監視が厳しく公安の仲間との連絡ができず1人で事を進めていた。降谷サンの力を借りる事も考えたが失敗したら降谷サンの身も危険になる為何も言わなかった。
準備が整った頃ついにスコッチ抹殺命令が出された。スコッチはあらかじめ仕掛けを用意していた雑居ビルに追いかけて来たライを誘導した。取っ組み合いの中でライの拳銃を奪いそれを自らの心臓に向け発泡しようとした。

「え、ちょっと待って。生きるって決めたんじゃなかったの?どういう事?」
「中に血糊を仕込んだ特製の防弾ジャケットを着ていたから心臓には当たらないさ。まぁそれでも痛くない訳じゃないがな。胸ポケットに忍ばせていた携帯を壊す為に自決したと相手に思わせる為にそうしたのさ。」

しかしいざ引き金に手を掛けた時ライがそれを防ぎFBIからの潜入捜査官だと打ち明けた。近くに仲間を待機させておりスコッチを逃す為に来たそうだ。自分ははなから死ぬつもりはない事を説明しライに本来するつもりだった作戦を話した。
自決したと相手を油断させあらかじめ仕掛けておいた爆弾を爆発させる。火の手がすぐ回るように計算したらしい。その隙に自分は身を隠し逃げる算段だ。自爆となれば遺体の回収はできない。時間があまりなかった為かなりリスクがありこれが精一杯だったが一先ずは欺けるはずだと考えた。

「まぁそれも赤井が来た事によって爆弾を爆発させるだけでよかった、はずだったんだ。」

FBIの仲間が待機している場所を聞きそこへ向かおうとした時、カンカンカンと誰かが階段を上ってくる音がした。

「他の追手だと思って俺は赤井にうまく話を合わせてくれと頼んで銃を撃った。でも来たのは追手じゃなくて、」
「降谷サンだったのね。」
「あぁ。」

お互いがNOC同士だとその時はまだ知らなかった赤井サンと降谷サン。また追手が来る可能性もあり時間が惜しくてこのまま作戦を進める事にした。降谷サンには後で説明しようと思ったそうだ。しかし、自分は生きてると説明をする事は叶わなかった。

「赤井がうまく零を誘導してくれたおかげで彼らを爆発に巻き込ませる事なく俺はFBIが待機する場所まで辿り着く事ができた。そして電話を借りて上司に事の顛末を話して指示を仰いだ。」

スコッチが公安だとバレている以上今戻るのは危険だと。そのままFBIと同行ししばらくはアメリカで裏から組織を探る事。ほとぼりが冷めた頃を見計らってまた日本に戻る事。万が一の事を考え、潜入捜査中の降谷サンには真実を告げない事。スコッチが生きていると知る人間は赤井サンとその時いたFBI以外には一部の上層部と赤井サンの上司1人だけだった。

「それだけじゃないよせんせー。私とげす君も知ってた。せんせーの両親も死んだなんて信じてなかった。」
「そうだったな。…そのピンキーリングを贈ったんだよな。俺の弟の事だから、それくらいの情報があれば俺が生きてると推測できると思ったんだ。すみれちゃんには寂しい思いをさせるけど、悲しい思いにはさせたくなかった。」
「そういう事だったんだ…。」

良かれと思った事が裏目に出て糸が複雑に絡まってしまった。その糸をほどくにはまずは勘違いをなんとかしなければ始まらない。きっとげす君が動いてくれている。そして頭の良い降谷サンなら真相に辿り着ける。

「あの2人、仲が悪いようだけどライバルとしてはお互い認めてるんじゃないかな。だから、だいじょーぶだよ。」
「なんだかんだ実力は認めてたからな。」
「ンマーそれでもグダグダしようもんなら私が喝でも入れたげるわ。」
「ははっそうしてやってくれ!」

今日は事件に巻き込まれて災難だったけど、こうしてせんせーといられたのは幸せだった。新たにいろんな事も知れたし。

「さ、すみれちゃん。そろそろ帰るぞ。風邪をひくと悪い。」

時間を確認するとここに来てからだいぶ経っていた事に驚く。せんせーと一緒だと時間があっという間に過ぎていくのはあの頃と変わりない。せんせーは抱えていた私を地面に降ろすとベンチから立ち上がった。

「…もーちょっと居たかったけど、せんせーを困らせたくないからそうする。」
「ほんと、びっくりするくらい素直になったよな。あの頃はあの頃で可愛かったけど。」
「…うっさい。」
「はは!でも本質は変わってないみたいだな!」

せんせーは手を差し出し家まで送ると告げる。ジト目をしつつもその手を掴むとまた笑うせんせー。笑ってほしいとは思ってたけど違う。なんか違う。結局は許しちゃうんだけど。
帰路に着いてしばらくして、せんせーに送ってもらうのはこれで2回目だねと呟く。あの時は変装してたからカウントするかは微妙な所だが。

「あの時ね、せんせーの隣を歩けている事だけで幸せだって思った。いつか本当のせんせーと手を繋いで歩きたいなって思ってたんだけど、まさかこんなに早く叶うなんて。」

アニオタの私がこんなにリア充してるなんて…いつかオタク友達に刺されたりしないだろうか。背後からブスッとやられやしないかと思わず後ろを確認する。せんせーがどうしたと不思議そうに聞くのになんでもないと笑って誤魔化した。
あっという間に家に着いてしまった。離れがたいが仕方なく繋いだ手を離そうとすると逆に引っ張られぽすんとせんせーに寄り掛かる。そして私の肩に顎を置いたせんせーは耳元で内緒話をするように囁いた。

「もう少し、待っててくれるか?」
「何年でも待つって言ったの私だよ?待ってるから、ちゃんと帰ってきてね。」
「あぁ…ありがとう。」

最後にぎゅっとしてくれて余計に離れがたくなったが、それはどうやらせんせーも同じようでお互い苦笑が漏れた。

「たぶん次に会うのはすべてが終わった後だと思う。」
「もしかしたら今日みたいなイレギュラーがあるかもしれないよ?」
「なんとなくだがそれはないと思う。弟じゃないがそんな気がするんだ。時が来たら先生から連絡を入れるからな。」
「んじゃー生徒はおとなしくお便りを待ってます。」
「いい子だ。」

そう言って優しく頭を撫でるとその手がすーっと降りてきて1度頬を包みそして離れていった。

「それじゃあな。」
「うん、またねせんせー。」

せんせーは私が家の中へ入るのを確認するとゆっくりと夜の闇に溶けていった。その日、そう言えば理由がどうであれキスされたんだっけと思い出しては悶絶して眠れなかったのは言うまでもない。
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