Teaching

□昼休み
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「今度の文化祭でね?初めて私が作詞作曲した曲演奏するんだー。」
「へぇすごいじゃないか。聴かせてくれないのか?」
「んー恥ずかしいからやだ。」
「そりゃ残念だ。ならせめてどんな曲かは聞いていいだろ?」
「そうだなー…しいて言えば、ぶちまける系?」
「ははっぶちまけるって何をだよ!」

音楽始めて2年ちょっとなのに作詞どころか作曲までするとは、いやはや優秀な生徒だと俺はお嬢ちゃんの頭を撫でる。それを甘んじて受け入れるお嬢ちゃんが猫のようで可愛い。昔はツンツンしてたのに懐いたらこれだ。ほんとに猫みたいだ。お嬢ちゃんが作った曲か…聴いてみたい。俺の母校だが、当時の担任はみんな他の学校に異動してるし校長や学年主任は定年退職したはずだ。軽く変装すれば大丈夫だろう。さっと行ってさっと帰れば問題ない。

文化祭当日。俺はなんとか仕事の都合を付け久しぶりの母校へとやってきた。仕事を鬼の形相で片付ける俺に、バーボンもとい零から何かあったのかと心配されたがただ笑顔で否定しておいた。まだ零にはお嬢ちゃんの事を教えたくない、なんてな。
体育館へ行くと軽音部がステージで準備をしていた。俺は後ろの方で人に紛れる。チューニングが終わり真ん中のギターの子が合図をすると暗転しステージだけ明かりが灯る。カンカンとスティックを叩く音がし1曲目が始まった。有名アーティストのカバーからオリジナル曲までクオリティはなかなか高い。楽しそうに俺とお揃いのベースを奏でながら歌うお嬢ちゃんに笑みが溢れた。

「次の曲は私が初めて作詞作曲した曲を演奏します。初めてなので手伝って貰った所もありますが一生懸命心を込めて作りました!それでは聴いて下さい。」

楽しみにしていたお嬢ちゃん作詞作曲の曲。アップテンポなそれに会場はさらに盛り上がる。この曲ではメインボーカルはお嬢ちゃん1人で他のメンバーはコーラスを務める。間奏でベースのソロをお嬢ちゃんがかっこよく弾ききると拍手が起こった。
しかし俺はそのどんな事よりも歌詞が気になって仕方がなかった。この曲での"僕"はきっとお嬢ちゃん自身。そして"先生"は俺だ。コーラスはあの時勉強会に来ていた他の子供達を表しているのだろう。あの時俺が半ば冗談で聞いた「先生の事好きか?」「手を挙げてない人は居残りだぞ?」や、お嬢ちゃんが言った「未提出の宿題」「一緒に解いて欲しい」など記憶にある言葉が度々出てくる。友達とは違う関係、生徒とは違った関係。じゃあお嬢ちゃんは俺とどんな関係になりたい?

「そこのオニーサン。どうよウチの軽音部。クオリティ高いっしょ?」

俺があれこれ考えてると聞き覚えのある声が俺に話しかけてきた。そちらへ顔を向けると馬が…馬?!…い、いやこれは馬の被り物だ。バスケのユニフォーム(この学校の物ではないし文化祭だからおそらくコスプレなのだろう)に馬の被り物をした大変シュールな馬人間が俺の横に立っていた。

「ちょっと今ウィッグ貸出中で代わりにコレ被ってんだよ。驚かせてさーせんww」

ケラケラと笑う声に既視感を覚える。声変わりしてるが間違いない。こいつは…。

「ところでオニーサン。オニーサンはどの子がお好み?」

思わず名前を言いそうになった俺を遮るかのように質問を投げつける馬の被り物を被った男子生徒…長いな、とりあえずお馬君と呼ぼう。お馬君はニヤニヤと(表情は見えないが声からしてニヤニヤしてる)しながら問いかける。

「1番人気あるのはピアノの子。ザ・大和撫子で高嶺の花。茶道部か弓道部に入ってそうなのになぜ軽音部かってのは、単にギターの子と幼馴染みで部を作るために誘われたから。」

お馬君の言う通りピアノの女の子は長い艶やかな黒髪を下ろして、軽音だというのに優雅にピアノを弾く姿は見るからに大和撫子。確かに人気があるだろう。

「オニーサン今気付いた感じ?ん?」
「!!」

図星を指された。そう言えば最初から俺はお嬢ちゃんしか見ていなかった。他のメンバーも見ていたようで実は見ていなかった。

「オニーサンさっきからベースの子ばっかり見てたもんなー。でもそんなオニーサンに悲報。人気があるのはピアノの子って言ったけど競争率が高くてモテるのはベースの子。」

しかもお嬢ちゃんを見てた事もバレてる。お馬君の正体が正体なだけに恥ずかしい。しかし競争率が高いというのは聞き捨てならない。

「どういう事だ?」
「ピアノの子を高嶺の花と言うならベースの子は野に咲く花って所かな?告白される回数はベースの子の方が多いよ。まぁそれに頷いた事は1度たりともないんだけど。よかったねオニーサン。チャンスあるよ。」
「…それはどうも。」

俺は決して鈍感ではない。この曲を聴いて確信したお嬢ちゃんの気持ち。そして俺自身お嬢ちゃんにどういった情を抱いているかもすでにわかっている。でも、俺は今大事で危険な任務に就いている。巻き込む訳にはいかない。宿題を一緒に解くのはまだまだ先になりそうだが…果たしてそれまで待っててくれるだろうか。

「…まぁいくらあの子の意思が硬いとはいえハイエナは減らないからなー。今の内ツバつけとけツバ。」
「ツバって…。」

ハイエナってのはお嬢ちゃんを狙う男共って事か?あれこいつこんな毒舌だっけ?ちょっと将来心配だぞ。まぁでも、ツバ、か…。今度何か贈ってみようか。今までみたいな機能性重視の物じゃなくて、それこそ俺のだって印になるような物。例えばネックレスとか指輪とか。

「あれ?オニーサンもう行っちゃうの?まだ終わってないけど?」
「1番聴きたいのが聴けたからな。」

俺の今日の目的は達成できたから長居は無用。じゃあなとお馬君に背を向け歩き出す。

「達者でなー……兄ちゃん。」
「………あぁ。」

俺、弟には敵わねーかも。

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