クラッシャーズ

□その時は、私があなたを殺す。
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「俺と、別れてほしい。」

その言葉は私にとって終わりではなく、始まりを意味していた。

1年。景光君との関係が恋人同士となってからそれくらいの月日が経った。景光君は忙しい時間の合間によく会ってくれた。どこかに出掛けるよりは景光君のアパートでのんびりお家デートしている事が多かったが、それは私が望んだ事。景光君にはゆっくり休んでほしいしただ一緒にいるだけでも幸福に満たされるのだから、どこかに行くよりひたすらくっついてまったりする方がいいのだ。

そんなある日の土曜日。休日が重なった為今日も今日とて景光君のアパートでのんびりしていた日の事。腕に寄りを掛けて作った夜ご飯を一緒に食べ、そろそろ帰らなきゃと名残惜しく帰る準備を始めようとした時だった。

「なぁ、すみれ…。」

思えば今日はずっと景光君の様子が変だった。それに妙に部屋もすっきりしている。いつもは私が甘える側なのに今日は景光君の方がよく私に甘えてきた。そんな日はたまにあるのだが、今日はなんか…胸が苦しくなるようなそんな切ない感情が流れてきた。それでも理由を聞かなかったのは…、

「俺と、別れてほしい。」

どんな理由であれ、景光君の口から別れてなんて終わりを告げられるのが嫌だったから。

「…ねぇ、景光君。」

私は顔を俯かせる景光君の頬を包み目線を合わせる。

「私の目を見て、さっきの言える?」
「…っ!」

目を見開いた景光君がそれは…と口をぱくぱくさせる。

「私の事、嫌いになったの?」
「そんな訳ない!すみれの事は愛してる…!」

今度はきちんと目を合わせて言う景光君にだよねと額をこつんと合わせる。

「なんで別れてなんて言ったの?怒ったりしないから、ちゃんと教えて?」
「…実は、今度の仕事はちょっと…いやかなり危険なんだ。」

やっぱりと思った。そろそろその話が出てくると思っていた。優しい景光君の事だ。別れるという選択をする事もわかっていた。

「すみれの事、巻き込みたくないんだ。だから…。」
「だから別れるの?…景光君って馬鹿?」
「馬鹿?!」
「そうだよ馬鹿だよ。…なんで別れるって選択肢しかないのよ。それってつまり私がフリーになるのよ?私が他の誰かの物になってもいいのね?」
「よくない!よくない、が…俺が必ず戻ってこれるって保証はないんだ…。」
「でも本音は?」
「…俺がすみれの事を幸せにしたい。」
「うん。それが聞けてよかった。」

合わせていた額を離し景光君にぎゅっと抱き着く。

「別に別れる必要なんてない。私が待っていればいいだけの話でしょ。」
「…会う事どころか連絡だって取れないんだ。それが何年掛かるかもわからない。すみれには寂しい思いや悲しい思いをさせてしまう。」
「景光君の仕事の事、理解してるつもりだよ?私の事を考えてああいう決断をしたって事だからそれは嬉しい。嬉しいんだけど…やっぱり別れるのは嫌。」
「…。」
「景光君の帰る場所はここ。だから、戻ってきてね?それに、元々景光君の隣を予約したのは私だよ?キャンセルなんかしないんだから。」
「…はぁ、すみれには敵わないな。」

力が抜けた景光君が私に寄りかかり抱き込む。

「正直な所、必ず戻ってくるとは約束できない。本当にそれくらい危険なんだ。でも俺はすみれの元に帰ってきたいし、その努力を惜しむつもりはない。」
「うん…。」
「すみれの隣、空けててくれるか?」
「…当たり前でしょ。」

不安そうな景光君を安心させるように背中をぽんぽんと撫でると、景光君の腕の力が強くなった。

「ねぇ、景光君…そのお仕事はいつからなの?」
「近い内に。…本当は今日で会うのは最後のつもりだったから、もう明日明後日には準備しなきゃなんねぇんだ。」

ここもすぐに引き払うと景光君は言った。しばらくは会えなくなる。例え偶然会ったとしても、それは赤の他人としてだ。このままあっさり帰るなんてできなかった。幸い明日は日曜日。私の予定に問題はない。

「その準備、朝早くから?」
「いや…明日は午後から登庁だから朝はそんなに早くはないが…。」
「じゃあさ…今日泊まってもいい?」

ぴくっと反応した景光君。私はその首に顔を埋めそこに軽くキスを送る。

「何年掛かるかわかんないんでしょ?今の内に…心だけじゃなくて身体も景光君の物にして?」
「…っ!」
「私の身体に景光君を刻み込んでほしい…。寂しくないように私を景光君でいっぱいに満たしてほしい…。私には景光君しかいないんだって教えてほしい…。」
「すみれ…。」

無理を承知で言っている。景光君はきっと私が高校を卒業するまでそういう事はしないと決めていたと思う。私を大事にしたいからという気持ちからくる物だからとても嬉しい。それでも私は…。

「私のハジメテ…貰ってくれる?」

次の瞬間今までにない荒々しいキスが降ってくる。余裕のないそのキスにうまく息継ぎができなくて、ようやく離れた時にははぁはぁと息切れをしていた。

「…優しくできないかもしれない。」
「いいよ…優しくなくて。」
「無理、させるかもしれない。」
「景光君の想いぶつけてきてよ。全部受け止めるから。」
「すみれを…貰ってもいいか?」
「…どうぞ。」

ふわりと抱き上げられベッドに移動すると、私達は甘くもほろ苦い夜へと沈み込んでいった。


翌朝。景光君の腕の中で目が覚める。布越しではない肌の温もりに幸福感でいっぱいになり、もっとと擦り寄るとくすっと笑い声が降ってきた。

「景光君…起きてたの。」
「おはようすみれ。可愛い寝顔だったよ。」
「私も景光君の寝顔見たかった。」

むすっとするとその突き出した唇に甘い口付けがされ、たちまちふにゃりと顔が緩む。

「すみれ、腰とか痛いだろ?悪ぃな…すみれに甘えて無理させちまって。」
「んーん。景光君なら何されても嬉しいから。…歪もうがなんだろうがそこに愛があればね。」
「はぁ…あまり煽らないでくれ。」

もう1度、今度はさっきより深くキスを交わし起き上がる。

「ほら、シャワー浴びてこい。」
「…一緒、駄目?」
「煽るなって言ったばかりなんだけどなぁ。」

なんて言いつつ私に甘い景光君は私を抱き上げてお風呂場へと向かった。

身支度を整え昨日の残りを朝ごはんとして食べる。片付けた後はひたすらくっついていた。次いつこうできるかわからない。今の内に充電とばかりに私達は隙間なくぴったりと寄り添っていた。

「そろそろ…。」

景光君が重い口を開いて時間だと告げる。私達は顔を見合わせると最後の口付けを交わした。

景光君は家まで送ってくれた。そしてそのまま登庁するようだ。

「景光君…あの、さ。」
「…なんだ?」
「私は景光君の物だけど、景光君は私の物なんだからね。心も身体も…その命も私の物、なんだから。」
「…。」
「勝手に捨てようとしたら、許さない。」

本当は最初、景光君が警察になる事を阻止しようと考えていた。それでも、れー君と共に夢を語る姿はきらきらと輝いていて眩しくてかっこよくて。やめてなんてとても言えなかった。

「その時は、私があなたを殺す。」
「…すみれに殺されるなら、本望だな。」

さよならではなく、またねといつもと同じように別れる。また、いつもの日常が来る事を願って。

「すみれ、おかえりなさい。」
「マミー…怒ってないの?」
「あらどうして?」
「…無断外泊。」
「景光君の所でしょう?行く事は聞いてたし問題ないわ。」
「…。」
「すみれ…こっちいらっしゃい。」

マミーの元へ行くとふわりと抱き締められる。

「マミー…?」
「景光君と、しばらく会えないのよね?」
「え?それ、どうして…。」
「すみれの顔を見ればわかるわ。…すごく寂しそうよ。」
「…。」
「ママはすみれの事ならなんでもわかるわ。だってママですもの。」
「マミー…。」
「ママを頼りなさい。もっと甘えてもいいのよ?」
「…ありがとう。」

マミーの背に腕を回すと、マミーは頭をぽんぽんと撫でてくれた。景光君とは違う安心感があって…私にとって"お母さん"は前世の母親の事なのだが、やはりマミーも私の母親なのだと感じた。

「すみれは綺麗になったわねぇ。景光君から女にしてもらったのかしら?」
「マミー…それパピーには言わないでね。」
「えぇもちろん。パパが失神しかねないものね。(まぁまぁこんな所にも可愛い真っ赤なお華が。)」

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