小説のお部屋
□one's favorite horse
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馬場に来て見て腰を抜かさんばかりに驚いた。
なんと、轡を着けただけの状態で鞍も着けずに、ランニングシャツにハーフパンツ姿でベジータがハニーゴールドに乗っていた。
「ベ、ベジータ・・・っ!」
ハニーゴールドに乗っているそのベジータの顔はいつもより幾分穏やかそうに見える。
そのことにブルマの胸は締め付けられた。
ベジータがブルマに気が付き、馬に乗ったまま寄ってくる。
掛ける言葉も見つからず呆然と眺めていると、ベジータの方から声を掛けられた。
「…いつもとは違う出で立ちだな。」
ブルマは髪をリボンで結び乗馬用の帽子をかぶり(落馬した時のために通常硬いヘルメットのような素材で出来ている)ポロシャツに乗馬用のライダーパンツを履いている。
そんなことは耳を素通りし、呆然と
「あ、あんた・・・。馬乗れたの・・・?」
「ウマ…?この四足の動物のことか・・・。ウマはないが、翼竜などにはある。」
「ハニーが・・・この馬が、ベジータを乗せたの・・・?」
ブルマはあまりのことに驚愕し、会話も噛み合わず、ベジータの言葉が入って来ているかどうかも怪しい…。
「・・・? そうだが・・・。」
このブルマの驚きよう・・・。乗ってはいけないものだったのだろうか。
カプセルコーポレーションに来た当時、確か触ってはいけないものなどないような説明だったが…。
「・・・・乗ってはいけなかったか…?」
ブルマは我が耳を疑った。
こんな殊勝な言葉はベジータから聞いたことがない。
慌ててブルマは取り繕う。
「え…。・・ううん。ち、違うの・・・。あたし以外に懐かない馬だったから、ちょっと驚いて…。」
ブルマと会話が噛み合ったことに、ベジータは自分でも気がつかない内に小さく安堵していた。
いつも屈託なく笑うブルマ…。
大概の事にはそうは動じない。
そんなブルマが、あんなに驚いた表情を見せた。
どおってことのないことだと思っていたことに、驚愕したブルマをベジータは初めてみた。
見解の差は多少あったりするが、会話が噛み合わなかったことは少ない。
呆然とした声を出すブルマにハニーゴールドが更に近付いてきた。
ブルマの顔をぺろりとハニーが舐める。
ブルマは愛馬に舐められたことで僅かに正気づいた。
「あ、あんた・・・。調子良いわよ…。何よ…。あたしにはずううっと触らせなかったくせに…。ベジータは直ぐに乗せるってどういうことよ・・・。」
ブルマの声が少し涙ぐんでいるように聞こえたのは気のせいだろうか…?
馬の代わりにベジータが答える。
「直ぐではない…。貴様が乗っているのを、何度か見かけた。」
いつもは太陽のように晴れやかに笑うブルマが、穏やかに口元に笑顔をため、愛しいものを愛でるような優しい眼差しで動物に乗っていた。
昔…惑星ベジータにいた頃、乗っていた翼竜を思い出した。
確か自分が育つ時は周りはもう大人ばかりで、自分も戦闘力が高く、惑星ベジータの王子として恭しくみなに傅かれていた。
ある時、父王は何を思ったか、なかなか手懐かない珍しい翼竜を一頭自分に与えてくれた。
自分はその頃から戦闘力が高かったが、せっかくもらった翼竜を乗りこなそうと毎日奮闘した。
手に入りにくい翼竜を意に染まぬからと壊してしまうのは嫌だった。
最初は加減が解からなかったが、翼竜にも段々慣れて乗りこなせるようになっていった。
もう、遠い記憶だが・・・。それでもブルマが乗るその生き物に自分の昔が重なったような気がした…。
戦闘には必要ないが…何かの気分転換になるかもしれない・・・。
ベジータは超サイヤ人になれない憤りに、何か自分が余裕を見失っているようで、少し目線を変えようと、飛び立つ時に何度か垣間見たこの馬場に度々足を運んでた。
「乗ったのは今日が初めてだが、何度か足を運んでいた。」
お前がいつもと違う表情を見せるから…。
少し興味が沸いていた。
とは言えなかった。言ってはいけないような気がして・・・。
何故か、そう言ったら後戻り出来ないような気が…する。
「そ、そうだったんだ…。あたし・・・知らなくて…。 その・・。昔、乗っていたヨクリュウと似てる?その馬は…。」
平然と言った振りをして、ブルマは泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「…そうだな。少し似ている…所があるかもしれん・・・。」
ブルマはベジータのハニーゴールドを見る眼に、また、驚いた。
ベ、ベジータ…。
あんた…。あたしにはそんな穏やかな表情見せたことないじゃない…。
そんな気持ちを押し隠して、ブルマはベジータにいつもの調子を振舞って言う…。
「た、まには気分転換も必要じゃない? ベジータいつも頑張ってるし・・・。もうひと走りしてきたら…?」
ベジータは軽く頷き、器用に手綱を捌き馬場にもう一度馬の顔を向けさせ、馬の脇腹を軽く本当に軽く蹴り、走ることを促す。
ハニーゴールドが嘶き、嬉しそうに走りながら馬場に戻っていく。
ベジータは手綱を緩く持ち、馬の好きなように軽快に走らせる。
ぱからん、ぱからんと小気味よく走る音が聞こえる。
暫らく走らせると次には手綱を短く持ちピンと張り、少し前屈みになり馬を全力疾走させる。
自身で飛ぶのでも走るのでもない、馬のリズムに乗り、頬にあたる自然な風を楽しんでいるようだった。
スピードを落とさせゆっくりコーナーを回っては、馬の脇腹を蹴り、もう一度速度を上げるとその身を更に馬に近づけ全力疾走させながら一番のハイハードルの障害を軽々・・・飛んだ―――――。
うそ…。かっこいい・・・。
乗馬用のものは何一つ身につけていない、ただの運動着なのに・・・。
なに…、あの、かっこよさ・・・。
ブルマは思い至ったことに軽く目眩を覚える。
な、によ…。アイツ…障害まで軽々こなせるわけ…?
見なきゃ良かった…。
瞬間、そう、思った。
見なかったら、まだ…否定できたし…、後戻り出来たような気がする。
それなのに…もうその光景を眼が脳が記憶してしまった。
‘人馬一体’という言葉は彼らのためにある
んじゃないかしら…と思えるくらい意気投合している見事な手綱捌きでベジータは馬を走らせていた。
よ、く…知ってるじゃない…。手綱の捌き方…。馬の扱い方…。指示の出し方…。
宇宙のトップクラスの戦士ともなると1、2回見ただけで手綱の捌き方も、馬の扱い方もいとも簡単に覚えられるらしいが、それはベジータがブルマの手綱の扱い方を見て覚えたものだとは、ブルマは思いもよらない。
それ程、遠目から見られていたという…事実も…。
ハニー・・・。あんたにもベジータの良さがわかるの?
あたしだけ・・解かると思ってたのに・・・あんたにも解っちゃうのね・・・。
何よ…。いい男、解っちゃうなんて…あのこも女ね・・・。
馬場の向こうを駆けていても、解かる。
自分には…というより他の誰にも見せないベジータの少し穏やかな表情・・・。
いつもの刺々しさも幾分薄らいでいるように見える。
自分にしか懐かなかったのにベジータには懐いた愛馬・・・。
何故だか、ブルマはそれ以上見ていることが出来ず、泣きそうになりながら自分の部屋に戻った。
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