小説のお部屋

□あなたへ
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〜  あなたへ  〜







ブルマは、最近訳もなくイラつく。
イラついては落ち込む。


これがマリッジブルーであるとしたら,そうなのかもしれないけど・・・。
違うような気もする。


なんかもっと気分の高揚とか,‘あー。これからあの人の所へ嫁ぐんだワ・・・。’とかの感慨深さがあるのかと思っていた・・・。
だけど,イライラと‘本当にこの人でいいの?’との自問自答ばかり心の底から浮かんで来る。


しかし自分の年齢と‘もう10何年も付き合ったんだし・・・年貢の納めドキでしょ?’と思わず浮かんできた自問を否定する。
式の準備も始めちゃったし,親戚や仲の良い人達にも招待状も送っちゃたし・・・。
イベントは好きだし,準備の煩雑さなんかはキライじゃない。
でも,でも,なに。この漠然とした不安は・・・。


‘やっぱり,違うんじゃない・・・?この人じゃ・・・ないんじゃない・・・?’

と心のどこかがブルマに告げる。


それを否定するには、体の関係はないが隣りにいたようないないような時間が長すぎたかも・・・と思う。
みんな,何を基準に判断してるのかしら・・・。
こんな不安ばかりで大丈夫なの?
あの紙きれ一枚がなんと重いことか・・・。


結婚なんか経験ないんだからしょうがない。










最近,ブルマは前にも増して多忙を極めているとベジータは思っていた。
仕事と重力室の他にどこかに頻繁に出かけていた。
それは式場との打ち合わせで何度も式場に足を運んでいるのだが・・・。ベジータはそんなことまでは分からない。


「・・・おい。重力室が壊れた。」

「あ、うん。」

ブルマは俯く。

いつものブルマなら文句のひとつも言う所だが,らしくない言葉が返ってくる。

「すぐ,やるわ。」


その言葉にベジータは拍子抜けした。
すぐに取り掛かるのは有り難いが,なんだ,この思いつめた顔は・・・。


ブルマは言葉どおりすぐに重力室の修理に取り掛かる。
ベジータはらしくないブルマの態度に,いつもは任せっきりにするメンテナンスに付き添った。


ブルマはすぐに集中する。


ちゃんとメンテナンスをしないとベジータが思わぬ怪我をしてしまうかもしれない・・・。



黙々と作業をするブルマに違和感を覚えながらも,ベジータは黙って傍らにいた。



「・・・ねえ?」


案の定と言うか,なんというか,ブルマが力なく口篭もりながら話し掛けてきた。


「・・・ベジータはさ,・・・迷うことってある?」

「・・・・・・?・・・迷うこと?」

「そ。自分の人生が掛かってる。人に相談したりするし雑誌をみたりもするけど,でも。誰の意見の的を得ているようで,自分には当てはまらないような・・・。そんな感じ・・・。」

「・・・・・・。」



ベジータは内心驚いた。この自分の好き勝手やって自分に忠実に生きているような女でも迷うことがあるのか・・・。



「・・・どうした。」


抑揚のない声だが思わず,聞いてしまった。


ブルマも思いがけないベジータの言葉に,軽く目を見開く。


「・・・うん・・・。」

ブルマはこんなことベジータに相談してもよいかどうか迷った。

目の前に現れる敵に,同族のライバルに闘志を燃やすそのストイックな姿に,自分にとっては一大事だが,こんなくだらないこと・・・を相談しても,いいのだろうか・・・?




「・・・あの・・・。あのね・・・。」

決心したように,漸くブルマが話をきりだす。
歯切れの悪い言葉にも,ベジータは黙って辛抱強く待つ。


「・・・あのっ・・・。あたし・・・今度結婚することになって・・・。」

「・・・結婚? 結婚とは…?」

「・・・え,と・・・。1人の男性と1人の女性が,生涯その人だけと一生を共にします。っていうことを役所に紙を出して正式に世間から夫婦と認めてもらうこと・・・。かな。婚姻関係を世間に認めてもらう儀式・・・。みたいな・・・。」

言われて,ベジータは納得する。妃を娶るようなものか・・・。


「それで?」

「あ,うん・・・。ヤムチャと正式に結婚しようか・・・って話に・・・なってて・・・。」


言われてベジータは軽く眩暈がした。
・・・この、目の前にいて手を伸ばせば届く距離にいる女が、あんな軟弱ヤロウのものに…?

思ってベジータは心臓を鷲掴まれたような痛さを覚える。




「・・・あた・・・し・・・,一応は納得してるのよ。ヤムチャは優しいし,カッコいいし・・・浮気性な所があるけど・・・。年齢とか、付き合った年数とかいろいろ考えちゃうと,結婚した方がいいのかなって・・・。
親も友達も雑誌も『あるわよー。本当にこの人でいいのかな。って思うわよー。マリッジブルーってやつね』って・・・。それに加えて『でも,今はこの人と結婚してよかったなーって思ってるわよ』って言うし・・・。」



ブルマは感極まって泣き始めた。



「・・・でもっ、でもっ、なんだかどこかで,それは違うんじゃない・・・?ヤムチャじゃないんじゃない・・・?って思いもあって・・・。これがマリッジブルーかどうかも分からなくて・・・。
・・・・あたしっ,どうしたらいいか・・・・・・。」







ベジータは黙って耳を傾けていたが,やがてゆっくりと口を開いた。





「・・・本能に従え。」




ブルマは涙が止まるほど驚いた。
てっきり「フン,くだらん。」とか言われるのかと思ったのに・・・。
とりとめのない話を聞いてくれたばかりか,思ったことまで口にしてくれた。
思わず聞き返す。


「・・・本能に?」



「そうだ。・・・本当の自分自身は知っている筈だ。答えを。
それを条件だ,ミテクレだ,親や友達の意見だなどど,他人に自分の本当の所まで解るものか。
そいつらが言っているのは自身の経験でしかない。」


ベジータはじっとブルマの眼を捉え,噛んで含むように言って聞かせる。




「ブルマ。


お前の人生はお前が決める。

お前の人生はお前が決めるしかないんだ。




お前の人生はお前のものだ。

自身の想いは,経験は自身のものでしかない。」




「……あたしの人生はあたしのもの…。」


いつもそうして決めてきたのに,何故今回は分からなくなっていたのか…。




「そうだ。

本能に従って,本当にコイツでいいと決めたら,あとは後悔するな。


違うと思ったら,やめておけ。」



「・・・ベジータ。」



ブルマは放心しているような状態だが,ベジータの言葉が胸の奥まで染み渡った。
ブルマは頭の片隅で

“・・・・・・流石…。今までの人生を死と隣り合わせに、己の力だけを頼りに生き抜いてきたこの人の言うことは違う…。
他の人の言葉にはない重さを感じる…。” 


そう、思った。




「・・・解かっ・・たわ。ありがと。 ベジータ。 」


ブルマは何かが吹っ切れた顔で,10代の少女のように可愛らしく小さく笑った。


いつもの大輪の花が咲いたような笑顔とは違う顔に,ベジータは一瞬,眩しいものでも見たかのように,眼を細めた。




「解かったなら、メンテナンスを急げ。」

「うん。なるべく早くするわ。」


ブルマは顔に笑みをたたえながら
“ベジータって結構いい奴・・・かも。表面上解かりにくいケド・・・。”

そう思っていた。





















数年後


ブルマは元気な可愛らしい男の子を出産した。
名前はトランクス。

あの時,話を聴いてくれたベジータの息子だ。





この子にも,教えてあげよう。
いろいろなことを。あなたの父親の素晴らしさを。無骨な優しさを。

直接,ベジータが教えてくれてもいいかもしれないわ。

…ベジータは教えてくれるかしら…?


どちらでも,構わない…。

ベジータが教えてくれなかったら,あたしが教えてあげればいい。


なにしろ,あたしを選んでくれて,あたしが選んだ,素敵な人なんだから。






そして……もし,もしも,ベジータとの間に,女の子が生まれたら…その時には…
その時には・・・あの時のベジータの言葉を。

















fin





(2009.6.12)

→あとがき
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