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□SO BAD!
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放課後の玄関口はたくさんの生徒で溢れている。ちょうど下校時刻に差し掛かったからか、どの生徒も皆楽しげに声を弾ませていた。
その中で自分の下駄箱に向かおうとする新八もまた、例外ではない。


(今日は晋助も居ないから気楽だなぁ)

のんびりと歩き、安穏とした平和を噛み締める。特に最近はずっと高杉と下校していた為、その開放感たるや半端ではないのだ(大袈裟な話ではなく)。

だがそんな新八の平穏な日常は、またしてもはかなく崩れ去ろうとしていた。


「待つっスよ、そこの眼鏡ェェェ!!」

突如として大声が下駄箱中に響き、新八の肩がびくりと震える。玄関いっぱいにきんきんと響く盛大な声は、間違いなく女子の声だ。

だがよくよく考えてみれば、新八は『眼鏡』という単語に律儀に反応してしまっただけである。眼鏡の生徒なんて新八の他にも大勢居るし、第一、新八はあんなに大声を張り上げるような女子の知り合いは居ない(一部例外は除いて)。

(まさか、僕の筈ないよね)

それでも何とは無しに振り返った新八の目は、こちらへ向かって一直線に歩んで来る女生徒を捉えていた。一糸乱れぬその歩みに、思わず新八は辺りをキョロキョロと見回してしまう。だがあわよくば近くに同じ眼鏡の生徒でもいないものかと期待した思いとは裏腹に、その女生徒は脇目も振らず真っすぐにこちらを目指しているのが分かった。

そのコース、その視線から窺うに、彼女の狙いは間違いなく新八だろう。

(えええ、僕ぅ!?ちょっ、僕なの!?誰だよあの子!)

心の中でうろたえながらもツッコミは入れるが、新八は追い詰められた鼠のように一歩も動けそうにない。それをしかと見据えつつ、その女生徒はすっくと彼の前に立った。ど派手な金髪頭に結われた片結びが、彼女の肩先で揺れている。
どこか猫科の動物を思わせる大きな瞳には、何故か闘志が透けているようにすら見えた。

当然の如く、スカートは校則違反ぶっちぎりのマイクロミニだ。

「お前っスよ、お前!眼鏡と言ったらお前しか居ないっス!眼鏡代表みたいなお前っス!」

彼女は腰に手を当て、新八をびしりと指差してくる。人に向けて指を差すなと習わなかったのだろうか。どうにも突っ掛かるような喋り方と、独特の口調が新八の頭に響き渡った。

顔立ちや外見は完璧に二重丸なのに、どこか残念な子であることは間違いないようだ(姉で慣れているから新八には分かる)。

「な、何…?」

それに思わず立ちすくんだ新八が言い淀む。繰り返すが、新八にはこんな知り合いは居ない。場所が場所だけに突然の告白と夢みても良さそうなものだが(性格はともかくとして、とても可愛い女子なのだし)、あいにく高杉と付き合うようになってから新八はいたって現実主義者だ。

悲しいかな、キラキラのアイドルと付き合う代わりに何故かそれとは正反対の不良と付き合っている新八が見つめる現実は、いたってドライなものである。したがってため息をついた彼が、

「誰ですか、アンタ…」

と、静かに眼鏡を直しただけに留めたのは言うまでもない(往々にして非常事態に慣れた少年である)。


その新八の疑惑の声を聞き、金髪の女生徒はさらにイライラとしたように大きく髪をかきあげた。挑戦的に光る瞳をきつく吊り上げ、こちらをじっと睨んでくる。その顔すら愛くるしいのだが、彼女が気付くこともないのだろう。

「二年E組の、来島また子っス。お前が最近晋助先輩にくっついているっていう眼鏡っスね!?もう分かってるっス!」

簡単な自己紹介を終えた彼女の言葉を聞き、新八はいたって納得した。何をどう勘違いしているのか、高杉には意外とファンが多いのだ。それも黄色い悲鳴を上げるような。
若さ故の過ちに違いないだろうが、この女子もきっと高杉のファンの類に違いない。

「晋助…、いや、君は高杉くんのファンなの?」

「違うっス!また子はそんなハンパもんじゃないっス!」

だが彼女は新八の言葉を全否定し、ぶんぶんと勢いよく首を振る。それを意外に思った新八をばかにしたように見据え、来島は意気揚々と喋り出した。

「また子は晋助先輩の一番の舎弟っス!他の女子と一緒にするなっス!覚えとけよ眼鏡コルァ!」

「いや、自信満々に言われてもそっちのが意味分かんねーよ!だいたい、舎弟って何!?」

新八にとっては理解不能な単語を振り翳して、来島は更に新八に顔を近付ける。無造作にジロジロと見つめられ、思わず新八の顔には朱が走った。だけれど、彼女はそれを全く気にした様子もない。

放課後の玄関にごった返していた人混みも、今や二人の動向を遠巻きにして見詰めているという有様である。

「フン。また子を差し置いて、お前みたいに弱そうな眼鏡が晋助先輩の舎弟になるなんて有り得ないっス!また子が先輩の一番の舎弟っス、それは間違いないっス」

それすら気にせず、代わりに彼女はふふんと鼻で笑った。どうやら全く話を聞く気のない来島に、新八は一つ盛大なため息をこぼす。
どうしてこう特徴が有りすぎる人物が、自分の周りにはわらわらと近寄ってくるのか。

『ただ平穏に学生生活を送りたいだけなのに…』、とは間違っても口には出さないが。


ため息ついでに、重い口を開いてみる。

「あのさ、違うからね?君、根本的に何か勘違いしてるから。舎弟とか、違うよ?僕と晋助は単なる友達だよ。…はああ、ヤンキーの世界って面倒臭いもんなんだなぁ…」

最後の言葉は、不本意ながらもそんな世界に巻き込まれつつある己をねぎらう為の台詞だった。だがしかし、来島はまた何か勘違いをしたらしい。彼女は腕を構えて新八を見定めるなり、勇ましく表を指差した。

「テメェコルァ、晋助先輩の舎弟の座を譲る気はないんスね!?上等っスよ、また子がタイマン張ってやるっス。表出ろ眼鏡ェ!」

斜め上どころか、真上にかっ飛んだ来島の解釈に新八が思わずずっこける。こうなってはズレた眼鏡を直す気すらおきやしない。

「おいィィィ!!さっきの会話から何でそうなるんだよ!!話聞いてた!?ねえ、僕の話聞いてた!?」

「男のくせによく喋る眼鏡っスね。いいからさっさと表出ろやコルァ、蜂の巣にしてやるっス!」

「頼むから話を聞いて、来島さん!女子に暴力なんて振るえる筈ないでしょうが!!」

「女だからってばかにしやがって、許さないっス!」

新八の果敢なツッコミが火に油を注いだのか、来島は更に頭に血が昇ってしまったようである。そのままぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる彼女をどうしたものかと途方にくれた矢先、俄かに玄関先が騒がしくなった。

新八が思わずそちらを見ると、人混みを掻き分けるようにして歩いてくる人物が目に入る。だが掻き分け掻き分け進んでいた人混みも、彼の姿を認めるなりさっと道を開けた。瞬間、水を打ったようにしんと静まりかえる玄関に、ひそひそと囁く声が聞こえてくる。


「ねえ、あの人って…」

「三年の高杉くんとよくつるんでる先輩!やべえ、俺こんな近くで初めて見た」

がやがやとひしめき合う他の生徒より頭一つ分背の高い彼は、この銀魂高校でも有名な生徒だ。その姿をもっとよく見ようと、新八は爪先立ちをする。


(あれは確か…)


「万斉先輩ィィィ!!」

だが新八が思うより早く、来島がその生徒の名前を呼んでいた。知り合いなのだろうか。だが彼女とは違い、確か彼は三年生の筈だ。しかし新八とは違うクラスの生徒ではあるが、その姿や名前には覚えがある。

覚えがあるどころか、高校生にあるまじきサングラスに、授業中にも関わらず外さないヘッドフォン、何より時代がかった口調等の特徴のせいで、全校でも彼を知らない生徒など居ないだろう。

高杉と同じく、まさに新八とは対極に居るような生徒なのだから。


ヘッドフォンやらサングラスやら、そのフックの多さに至極辟易している新八とは反対に(目立つ人物はその恩恵に気付いていないのだ、大概)、彼、河上万斉はこちらに向かってすたすたと歩んできた。まさか、と思う新八の肩が三度びくりと震える。

(え、また僕なの!?この変な女子だけじゃなくて!?)

先程聞こえたざわめきの通り、河上は確か高杉と仲が良い筈である。二人がよくつるんでいることは、この高校のみならず他校の生徒だって知っている。

二人に関わると、とんでもない目に遭わされるということも(これだから不良は嫌なんだ)。


しかしその河上万斉が、新八に一体何の用があるというのだろう?


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