Text 1


□もしこれが、恋ならば
1ページ/5ページ





(最近、考え事をすることが多くなった)




ふと、土方は考える。それも以前では到底考えもしなかった類の事だ。常に真選組の事を考え、刀に全てをかけてきた己が一番忌避してきた筈の考えを、最近の土方は強く心に抱くようになっていた。

ふと気を緩めると、ある一人の少年の事を考えている自分が居る。あの日見た、彼の強い瞳を思い出している。

もしまた彼に会えたなら、と。


『もしも』なんて、明日死ぬかもしれない自分が決して考えてはいけない事なのに。



――…


ごく見慣れた門扉の前に立っただけなのに、何故か男は動揺を隠せなかった。

『恒道館』と表札が掲げられた門の前をしばし右往左往する。妙齢の、しかもあの武装警察真選組の制服を着た男が所在なげにうろうろしている図というのは、どこからどう見てもいたたまれないものがあるだろう。いくら自分の事は構わない男だとしても(というか知った事ではない)、そんな己が珍奇である事実は土方だって嫌というほどに分かっているのだ。

しかし、苛立ち紛れに煙草でも吸うかと探ったポケットの中にある感触を感じ、遂に男は覚悟を決めたように一思いに門をくぐった。じゃり、と玉砂利を踏む乾いた音が聞こえる。

(バカか俺は、これを渡すだけだろうが)

ため息に己への悪態を重ね、苦々しい顔でポケットの中を漁る。その掌に掴んだのは、もうすっかり指先に馴染んだ煙草の箱と、土方という男が持つにしてはやけに子供じみた駄菓子のパッケージだった。

そして、その後者の物体の為に、今男は志村家を訪れているのである。


先日ある事件の折に際し、土方はここに住む少年にちょっとした借りを作っていた(事件と言っても男にとっては日常過ぎている出来事だが)。その件の出来事があった時に弁償すると言った代物を、今日は持って来ていた。

だが、何故今日は自ら足を運ぼうと思ったのかだけはさっぱり分からない。普段の土方なら間違いなく山崎か他の部下に行かせるところだろう。何より、男が少年に対してそう申し出たのだ。弁償する、部下に届けさせるからと。
しかし新八はそれを頑として聞き入れようとはしなかった。

だけれどその態度や、あの時交わしたやり取りの数々に、男は新八に対して瞠目するものを感じていた。否、それはむしろ“刮目”と言うべきなのかもしれない。
何にせよ、一連の事件の裏で土方は新八という人物に開眼せざるを得なかった。

だからなのだろうか。いつもなら決められた巡回ルートをきっちりと辿る土方の足は、何故か今日に限って新八の住む家の前まで彼を運んでいた。先日の件では新八の事を中々骨のある少年だと感じていたし、彼に感じた“妙な”気持ちの出所を確かめたかったのかもしれない。

もちろん、土方がそんな己の無意識に気付く筈はないが。


男は常に仕事に追われているし、こういう駄菓子の類を己が持っているという事実も信じられない人間である。そんなしち面倒くさい神経(プライドとも言う)を有している自分が、何故こんな形で少年に借りを返そうと思ったのか。

しかし考えても考えても、それだけは当の本人にもさっぱり分からないのだった。


「ったく…、」

掴もうとすればするだけさっぱり掴めない己の気持ちと、ポケットにある慣れない感触に胸がざわめく。少しでも平穏に戻る為に煙草を一本抜き出し、ライターでカチリと火を点けた。一息吸えば、嗅ぎ慣れた紫煙がまだうっすらと肌寒い早春の空気に溶けていく。

それを見ながら、土方は足早に家の横手に回った。


勝手知ったる他人の家、と言うのだろうか。少年の姉に熱烈なる思いを募らせている上司を引き取るという名目で、土方はもう幾度となく志村家に足を運んでいる。だが今日の目的は違う。いつものように近藤を迎えに来た訳でもなく、新八本人に用があるからだ。
それはやはり、男の胸に奇妙なさざ波を起こしていた。

新八自身に用があってここを訪れるのは、初めてだったから。


(…んな大層なモンでもねえが)

ぽつりと胸の内で呟き、煙草を指に挟める。ゆっくりと煙を吐き出しつつ、少年の部屋が表から窺える位置に立った。ちょうど側にある梅の木にはもう花が咲いている。

その甘酸っぱいような匂いは嗅ぎ慣れた煙草の煙とは全く違うものなのに、何故か土方の胸に不思議な安堵をもたらした。綺麗に枝が剪定されてあるところを見ると、新八自身が手入れしているのだろうか。

だが、ある一定の高さより上はまるで手付かずになっている梅の木の剪定具合は不格好でおかしく、男はふと微かに笑った。敷地や家の面積に比較して、明らかに男手が足りていないのだろう。しかしいくら不揃いであれど、この梅からは新八が注いだものが溢れている。
丁寧に切り揃えられた枝先には、梅の木に対する少年の細やかな愛情のようなものが感じられた。

自分の周りにあるものを、そっと慈しむような。


それは人物であれ花であれ変わらないのか、と男は思う。少年が周りに居る人間達を目一杯大切にしている事は、土方の目から見ても顕著だからだ。

彼の姉はもちろん、上司である天然パーマや不思議な怪力娘達を、少年がどんなに愛おしく思っているのか。


新八の上背では精一杯背伸びをしても届かないであろう枝に、そっと手を伸ばした。触れながら、ふと男は考える。

(そういやまだ16だったか)


自分が彼くらいの年頃には、もう今と大して変わらないようななりをしていた筈だ。荒れてばかりいたが、それは今ともさして変わらない。
だが、梅の花に見とれる程には大人になったのだろう。

再び微かに笑って、土方は煙草をくわえ直した。少年の部屋を覗き込むようにして、軽く窓を叩く。
コンコンと小さな音が響いた。

「…」

だがしばらく待っても返事は無かった。仕方なくもう一度窓を叩くが、やはり返事はない。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ