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□闇夜に羽ばたく蟲の名を
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―――…



下弦の月が、佇む路地裏までをも明るく照らしていた。下に張り出した月はどことなく妖しい光を散らして、夜を染めている。気だるい気持ちで見上げた街灯にたかる蛾が、灯りに焼かれて自分の目の前をはらりと落ちていった。

「…いい夜だ」

低く呟いて、舞い落ちてきた蛾を腰の刀で切り捨てる。瞬時に分裂したそれが粉々になって闇に散っていった。その様子を見て、今宵の月のような形に薄く唇を釣り上げて笑う。


闇にたなびく煙をキセルからくゆらせ、ゆっくりと高杉は歩き出した。






今日の目的は一つだ。この道を通る少年を誘拐する。

そう、高杉は昔の盟友がこの道の先で商いをしているのを知っている。助手という名目のガキを二匹も飼っていることも。
そしてその内の一匹がこの道を通って今日は家に帰ることも知っているのだ。



昔から何かを背負わずには居られない、あの銀時のことだ。馬鹿な武士道を掲げて再び抱え込んだ荷物を、奴がどんなに大事にしているかも知っている。少年を拉致すれば必ず動きを見せるだろう。そう踏んだ高杉が動き出すのに時間はかからなかった。



月が照らす地上は割合明るい。すぐに道の向こうからやってくる志村新八の姿を、高杉の独眼が捉えた。
道の端によけて、俯く。トン、と小さな音を立ててキセルの灰を地面に落とした。そのままキセルを着物の袂にしまい込み、足を軽く組む。

じっと見据える新八は呑気にこちらへ歩いてきた。これから何が起こるかなど全く予想できないのだろう。もしかしたら自分の気持ち次第では、少年は銀時やもう一匹のガキに永遠に会えなくなるかもしれない。

小さな命をその手で握っている快楽が、甘く高杉を酔わせた。



「おい」

新八が高杉の横を通り過ぎようとしたまさにその時、高杉は小さく彼に声をかけた。

「はい?」

とっさに立ち止まった新八はまだ自分には気付いていない。声をかけられたものの、一向に喋り出さない自分を訝しげに見つめている。

「お前、俺に見覚えはねえか?」

ゆっくり顔を上げた高杉を見て、新八が驚愕の表情を作った。鋭い隻眼に、左目を覆う包帯。朱色に近い紫の着物に、金色の蝶が飛んでいる。
鬼兵隊を率いる、高杉晋介がそこに居た。

気付くと同時に逃げ出そうとする新八の後ろに回り込んで、高杉は彼の右手をねじ上げる。まだ細い少年の手首が頼りなげに月夜に浮かんだ。

「あなたは…っ!!」

叫んで後ろを振り返る新八に、薄く笑って刀をチラリと抜いて見せる。
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