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□SO BAD!
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「万斉先輩、コイツっスよ。この眼鏡が、最近晋助先輩の周りをうろちょろしてる奴っス。どう見ても舎弟以下の眼鏡っス」

河上が前に立つなり、またしても来島はびしりと新八に指を向けた。それをどこまで不躾なんだと思う反面、その為に河上を呼んだのかと新八は納得もする。それでも未だ何かを盛大に勘違いしたままの来島には、ため息を零さざるを得ない。

「いや、どちらかと言うと僕の方が周りをうろちょろされてるんだけど…」

したがって恐る恐る述べた訳だが、そんな新八の意見など当然来島は聞く気などないようだ。彼女はぐっと拳を握って、徹底糾弾の構えを見せた。

「黙れ眼鏡コルァっス!万斉先輩、何なんスかこのシャバ僧は。気にくわないっス。うちらとは違う世界の人間っス!こんなに明かな眼鏡は…」

「シャバ僧って何!?何語なの!?明らかな眼鏡って!?」

連続で繰り出される来島のボケを拾いつつ(彼女にはボケた気がないのが何とも言い難い) 、新八は痛み始めてきたこめかみを揉んだ。偏頭痛持ちになったのだって高杉のせいなのに、本人が居ないところですらこんなめに遭わされるとは、全くもって不幸としか言いようがない。

しかし河上は来島と新八をじっと見つめ、ただ鷹揚に頷いただけである。

「貴殿が新八殿でござるか。かねてより晋助から、噂はかねがね」

いたって丁寧に紡がれた彼の言葉には、来島どころか新八まで面食らってしまった。あの高杉の仲間にこんなに物静かな青年が居るなんて、ちょっと本当とは思えない。

その物腰と穏やかな態度にひどく驚いたのか、来島は忙しなく河上と新八の顔を交互に見遣った。

「どうしたんスか、万斉先輩!だって…この眼鏡のせいなんスよ!」

言うなり、河上に究明を求めるようにまたしても新八を指差している。その無礼さがやはり気になるものの、もうそれは捨て置くことにして(言っても無駄だろう)、彼女が吐いた単語に新八はひそりと眉をひそめた。

「…僕の?」

気にかかるのは、来島の口から飛び出した『新八のせい』という一言。だがさっぱり意味も分からず、言われた当の新八が一番訳が分からないという顔をする。
頭にクエスチョンマークを付けたまま、新八は来島に向き直った。

「僕のせいって何?来島さん、話してもらえないかな」

問われた来島はひどく悔しそうに唇を噛み締め、俯いている。一瞬拗ねたように唇を尖らせた彼女は、ぷいとそっぽを向いた。しかし河上が頷くのを見て、渋々ながら話し始める。

「…お前のせいで、晋助先輩がちょっと変わったっス。ムカつく野郎がのさばっててもブチ切れなくなったし。でも晋助先輩の華麗な武勇伝が聞けなくなったから、他高の連中がいきがってしょうがないんスよ。晋助先輩、今までにいっぱい連中の恨みを買ってるっス。このままじゃ晋助先輩が…晋助先輩が…!眼鏡ェ、お前が悪いっス!」

「だから何で僕!?」

だが話し終えた勢いのままに殴りかかろうとしてきた来島の腕を、すんでのところで河上がぎゅっと掴んだ。止めろいう無言のその態度に、彼女はひどく残念そうに腕を下ろしている。

「…そういうことでござる」

それに倣って来島から手を離し、河上がぽつりと呟いた。見上げた青いシャツは彼によく似合っているが、これもやはり校則違反の代物だ。
だが規則であるワイシャツすら着ないにも関わらず口調だけはひどく時代錯誤なのが生粋のツッコミストである新八の気には触るが、今はそんなことも言ってられないのだろう。

来島とは違うツッコミにくさを河上に感じた新八は、真面目に唇を引き結んだまま、大人しく彼の言葉の続きを待った。その雰囲気を悟ってくれたかは分からないが、ゆっくりと河上が話しだす。

「貴殿のおかげで、晋助は大分良くなった。前は一度拳を上げたら止まらなかったが…でも、それを良く思わない連中も居るでござる。そしてそれは、晋助自体の危機にもなり得る。新八殿にも覚えはござらんか?もし危険と思うなら、晋助からしばらく離れた方がいい」

その静かな声を聞き、新八の頭に以前他校の生徒に襲われた時のことが鮮やかに蘇る。なるほど、大人しくなった高杉を狙う他校生はあれ以外にもたくさん居るのだろう。これ以上高杉と居るなら、この先は何があるか分からないという訳か。第一、彼がどれだけの恨みを買っているかを、新八は知らないのだ。

…それはもちろん知らないし、知るつもりもないけれども。


「僕、晋助と友達やめないよ」

河上と来島の顔を見つめ、新八ははっきりと口にした。二人は一瞬呆気に取られて顔を見合わせた後、河上は低く笑い、来島はまたも大声を出す。

よく響く彼女の声が、きいんと新八の耳を駆けていった。

「アホっスかァァァ!!お前みたいな優等生が、あの晋助先輩についていける筈ないっス!引けって言うんスよ、万斉先輩の優しさが分からないっスか!」

「うん、分かるよ。でもついていくんじゃなくて、一緒に歩くことならできる。…友達だから」

凛とした瞳で見詰めてくる新八に一瞬たじろいだのか、来島はぐっと息を呑んだ。初めて、対等と思える眼差しを新八に投げてくる。

「そ、そういう問題じゃないっス。だいたいお前は…」

だがそのまま新八を糾弾しようとした来島を、低く笑い声を含んだ河上の声が押し止めた。彼は笑みを堪えて、新八をじっと見据えている。

「晋助が貴殿を気に入る訳でござるな。晋助は大丈夫でござろう、また子殿」

最後は来島に向け、河上は微かに唇に笑みを浮かべた。その言葉に、来島はひどく不思議そうな表情を作る。彼女の金色の髪が、首を傾げた際にさらさらと零れた。

「何がっスか、万斉先輩。また子にはわかんないっス…」

いたって素直な様子で唇を尖らせた来島に(可愛いところもあるじゃないか)、何かに気付いた様子の河上が緩やかに手を振る。これ以上の手出しは無用、ということらしい。

「新八殿は強い。新八殿のその強さで、晋助も変わったのでござろう」

しかしきっぱりとした口調で言い放った河上とは裏腹に、まだ来島は首を傾げたままだ。

「強い!?この眼鏡が!?」

『はああ?』と胡散臭そうにじろりと新八を睨む彼女はさておき、河上の中ではもう終わった話のようである。彼はゆったりとした動作で、くるりと踵を返した。

「それに、他校のクズが何人束になろうとあの男は倒れんよ。…新八殿と居るようになってから、晋助は益々強くなった」

静かな河上の声が、彼の背中を越えてこちらに流れてくる。それを聞いた新八の胸に、ふと熱いものが込み上げた。とても口には出せないけれど、認められたのだろうか。高杉と友達のままで居たいと思ったのは新八だが、まさか河上が自分の“何か”を看破するとは思わなかった。

だけれど、まさにそれこそが高杉に好かれている発端になったことに、当の新八はまだ気付いていないのだった(人のことならいざ知らず、自分のことにはとんと鈍い少年である)。


だが河上の言った『強い』の一言をどう受けとったのか、それ聞いていた来島はきらきらと輝かんばかりの眼差しを新八へと向けたのだ。

「!…そうだったんスね!あの万斉先輩が認めるなんて…眼鏡先輩がそんなにお強いなんて、また子、知らなかったっス。今までのご無礼、お許し下さい!」

そのまま勢いよく頭を下げる来島に、今度は別の意味でオロオロとした新八が首を振る。だいたいこんな公衆の面前でこんな事態になるなんて、それこそ普段の新八の生活からは縁遠いのだ。それが女子に(それもこんな子に)頭を下げられるなんて、新八の人生史上初の展開である。

「いいってば来島さん、頭上げて。僕は大丈夫だから」

だから慌てて言い募ったが、やはり来島は聞いていないのだろう、彼女はうっとりとした声で呟いた。

「また子、今度からは晋助先輩と眼鏡先輩、二人の舎弟として働くっス…!よろしくお願いしまっス、ちゃっス!」

「いいよ来島さん、僕そういうのじゃないから!」

どこまでも突っ走り続ける彼女に、思わずまたツッコミを入れてしまう。河上に引き取ってもらおうと人混みに目を凝らすが、残念ながら彼の姿はもうどこにもなかった。この辺のちゃっかりさ、さすがあの高杉と対等に渡り合ってきただけはある。
新八は深くため息をつき、ずきずきと痛む頭に手をやった。

こんな厄介な後輩に懐かれるという面倒が、まさか自分の身に起きてしまうとは。


だけれどそれも全く気にならないのか、先程とは打って変わって、来島は満面の笑みをたたえている。

「先輩は本当に控えめなお方っスね…さすがっス!先輩と晋助先輩の二人なら、確実に学区内の高校のてっぺん取れるっスよ。学区内どころじゃないっス、関東征圧も時間の問題っス」

「てっぺんって何!?征圧って具体的に何のこと!?物凄い恐ろしいこと言ってるよ、来島さん!」

「微力ながら、また子もお手伝いするっスね☆テヘ☆」

「また全然話聞いてないよ、この子!もう嫌だ!」



放課後の玄関口は、ざわざわと賑やかな生徒達の声が溢れている。声が枯れんばかりにツッコむ新八と、それを全くものともせずに微笑む来島の攻防が、その後しばらく場を賑わす結果になったことは言うまでもないだろう。

そしてその翌日、

『高杉一派に一目置かれている、謎のツッコミ眼鏡は一体何なのか?』

という噂が学校中を席巻する事実を、当然のことながら新八はまだまだ知りそうにないのであった。



end.


2010/07/04

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