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□Bittersweet Melancholic 2
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現場は既に騒然としていた。

どこから嗅ぎ付けてきたのか、テレビ局のクルーの姿があちこちに垣間見える。その為か一般人の物見客も多く、辺りはまるで昼間のような熱気に包まれていた。

武装した攘夷浪士達は人質を取り、ビルの一室に立て篭もっているようである。ちらりと辺りを見渡すと、拡声器の音量を最大に合わせ、沖田が平然と犯人グループに呼び掛けている姿が目に入った。


「あー、あー、ただいまマイクのテスト中。テロリスト共に告ぐ、さっさと武装解除して人質を解放しやがれ」

拡声器片手に佇む青年は、騒がしい現場の空気にそぐわない仁王立ちの姿である。相手が銃の類を持っているなら、まっ先に狙い撃ちにされているだろう。

「ふざけるな、テスト中のくせに核心ついてるじゃねーか!今すぐ近藤と土方の首を持って来い!」

それに対し、やはり拡声器を通じて犯人グループからの応答があった。こうなるともう何を言っても聞きはしないだろう。
無論、沖田も犯人達も両方だ。

そのまま両陣営が馬鹿馬鹿しいようなやり取りをするのを横目で見つつ、土方は隣に立つ近藤に鋭い視線を投げかけた。無意識なのか、土方の指は腰に下げた刀の鍔に掛かっている。


『斬っていいか』と、近藤に問う為だった。



「トシ…人質が居るんだぞ。下手に暴れたら怪我どころじゃ済まない」

近藤は視線だけで土方の意図を汲み取ったのか、いまだ険しい視線をビルに注いでいた。こんな商売をしているにも関わらず、誰よりも優しい男なのだ。
恐らく、人質が傷付くくらいならば自分を斬れとでもまた言うに違いない。

その近藤の姿に、やはり彼を死なせる訳にはいかないと土方は強く感じた。自分や他の隊士が死ぬ事があっても、近藤だけは死ぬ事は許されない。
否、許したくないのだ。

誰の為でもなく、真選組の魂を護る為に。


土方はふっと微かに唇に笑みを浮かべた。鍔に添えた指はそのままに、近藤に向き直る。

「分かってる、近藤さん。あんたはここに居てくれ。俺一人で行く。裏に非常階段があるだろう」

土方が申し出ると、近藤はその提案に驚いた表情を浮かべた。だが彼が制止の言葉を紡ぐより早く、土方は話し出す。

「大丈夫だ…俺は死なねェ」

唇の端で笑い、くわえた煙草を持ち上げた。その目に最早止められないものを感じるのか、近藤はただ黙って一つだけ頷いたのみである。

長年共に居るのだから、間違う筈がない。
それは、『行って来い』という己への合図だ。


近藤の目を見るやいなや、土方は駆け出していた。



「死んだら許さねぇぞ、トシ!」

「ああ」

近藤の隣を立ち去る瞬間背中にかけられた彼の声に、短く返事をする。いつもうるさいくらいに賑やかな近藤がくれた、たった一言の餞別だ。
だがそれが土方を誰よりも勇気付ける鼓舞になる。



死なないという確証などどこにもない。それでも、進まなければならない。

剣の先に己を奮い立たせ、剣の先に己を託して。

そんな命懸けのやり取りを何回も繰り返して、自分は仲間達と共に、今ここに立っているのだから。

その事実だけが今、土方の足をひた走らせていた。



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