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□風味絶佳
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いつの時代の事であったのか、古くから遊里として栄えてきた江戸・吉原に、男ばかりを色子としてはべらせる大層変わった廓があった。
花魁から新造(しんぞう)、禿(かむろ)や遣り手(やりて)に至るまで全て男で構成されたその遊郭は、名を『水蜜楼(すいみつろう)』と言う。絢爛豪華な佇まいにふさわしく、この吉原きっての大見世である。

紅殻の格子で作られた間垣に、広く悠々たる玄関。豪華さはありながらも、決して華美過ぎる事のない柔らかな照明。そして、そんな廓を埋めるように存在する調度品の数々。
赤いしっくいの壁を走る柱は黒々とした漆で塗られ、廊下の随所では季節の花々が見事な花器の上で華やかな競演を見せている。

それらは不思議な調和を見せて廓に溶け込み、今宵の夢へと誘う旋律を奏でるように客をしとねへと導く。

思わずため息を漏らしてしまうほどの優美さに、一度来た客は必ず再びまたこの廓の暖簾をくぐってしまうのだった。
水蜜桃のように甘く、とろけるように甘美な夢を求めて。


―さて、そんな華やかな廓に咲く色子達とはいかようなものなのか。吉原の大門をくぐり抜け、この水蜜楼をご覧いただこう。




「いい加減にして下さいよ、銀さん!!」

朝からご立腹な様子の眼鏡の少年が、『銀さん』と呼んだ布団の中の住人を起こそうと躍起になっている。くるくると動く大きな瞳と、どこまでもすとんと真っ直ぐな黒髪が印象的だ。その黒髪が表すように彼の心根も素直なのか、少年は先程から『銀さん』の様子に困りはすれど、男を捨て置いてはおけないようである。

「起きてくれないと支度が遅くなっちゃうじゃないですか!!禿の僕が怒られるんですからね!!」

そう怒鳴るなり、少年は勢い良く布団の上掛けをめくった。夜具の上で丸まる、さもけだるそうにあくびをする男を軽く睨む。


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