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□君という花
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『うわああああああああああっ!!!』


 ──数え切れないほどの疑問が頭を怒涛の如く過ぎり、弾かれるように新八は一回気を失った。いっそそのまま狂ってしまいたかったが、どうやら今の身体ではそれも無理らしかった。そして再び気付いた後で尚も感じる喉の渇きと空腹に最早耐えられず、家族の遺骸に背を向けて自宅を走り出た。
 もう二度と家には帰れない、もう二度と家族には会えない、もうごく普通の少年としては金輪際生きていけないのだ──と痛切に思うだけで、後から後から涙が溢れ出た。溢れて溢れて、止められなかった。

 自分はちゃんと自分であるのに、意識だって思考だって今までの自分のものでしかないのに、その本質の部分では全く異なる“何か”になってしまった。だって心臓が動いていないのに生きているモノは生物とは決して呼べない。同属である人の死臭を嫌悪するどころか甘く芳しく感じるなんて、最早人ならざる異形としか言えない。
 獣、畜生、餓鬼──どれも違う、自分はただの化け物になったのだ。死んだ姉や、両親とはまるきり違うモノになってしまった。
 その恐怖が、新八の足をひた走らせていた。



 だがしかし、その時既に新八は知っていた。否、本能では薄々と感じていたのである。
 自分の手がどうして動くのかを口では明確に説明出来ずとも、遺伝子に組み込まれた本能の領域はきちんと脳からの信号を解するように。

 今の自分の空腹を満たす術。喉の渇きを潤す、唯一の方法。
 それが、亡き家族の身体から流れた赤い血であることを。





 自宅から遁走した後の新八が警察宛に入れた匿名の電報により、一家惨殺事件はたちまちに露見した。非常に仲の良かった家族が一晩にして惨殺された陰惨な事件は広く報道され、新聞の紙面を賑わせない日はなかった。
 もちろん、その場に骸を並べなかった家族の中のひとり、一家惨殺の現場から忽然と消えていた長男である新八を第一の容疑者として扱って。


 その後にこっそりと盗み見た新聞や、町に出て耳に挟んだ噂話などにより、自分が両親や姉を殺した容疑者として警察から追われていることを新八は知った。
 ただただ悔しかった。新八に濡れ衣を着せて悠々と逃亡している真犯人への憎悪の灼熱で、はらわたが焼かれるようだった。目の前が真っ赤に染まるほどの憎しみが胸に渦巻いていた。
 自分ではない、自分が家族を殺す筈がない、あんなにも愛していた姉や両親の三人に手を掛ける訳がない。

 だってそうやって殺人犯として疑われている自分こそ、一度は確実に死んだのだ。
 確かにあの夜、新八は家族と共に第三者の男に殺されたのだ。


……だけれど、ちゃんとした法の裁きの場で身の潔白を証明することはどうしてもできなかった。証明するためには、白日の元に身を晒すことが必須になる。今まで逃げていた分、否が応でも身体の隅々まで調べ上げられることは免れない。そうなった時、もはや心臓が動いておらず、人間の血液を欲する身体に成り果てている少年を見て、世の善良なる人々はどう思うだろう。
 家族を殺した鬼畜の所業の末にいよいよ血に狂った鬼へと変じたのだと、どうしようもない悪鬼だと、人々は新八を見て恐れ戦くではあるまいか。

 人間とは本来、自分たちの群れから異質となるものを的確に排除する残酷性を有する生き物なのだ。



──……僕はもう、誰にも受け入れられない。ひとりで生きて、生き抜いて、家族を殺したあの男をどうしても見つけ出さなくちゃいけないんだ。


 新八は確信した。いくら江戸から時代は移り変わっていても、まだ明治の日本には伝承や伝統が満々と息づいている。各地に散らばる人喰い鬼や、『起き上がり』と呼ばれる吸血鬼の伝承は、新八もうっすらと聞いたことはあった。

 その後、時間だけは膨大にあった少年は社会から息をひそめるように身を隠し、己のことを徹底して調べ上げた。あの晩に襲ってきた男の特徴、赤く光る目や吸血行為のことも付随して調べると、果たしてすぐにそれは分かった。
 そして、その事実に辿り着いたのだ。



 人間としての自分はやはり家族と共にあの悪夢の晩に死に、それから目覚めた今の自分は吸血鬼として二度目の生を歩んでいるのだという──残酷極まりない、その真実に。






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