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□君という花
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 新八が輸血用パックの中身を全て飲み切ってもまだ、やはり高杉はどこか見下げたような高慢な態度を一切隠さない。

「フン。生きてる人間の血こそ、俺逹の一番の活力源になんのはテメーも分かってんだろうが」

 彼の意見は限りなく正しい。自分達のような吸血鬼にとっての極上は、やはり生きている人間の血だ。今まさに人間の体内を循環している血液を飲んだ方が己の身体のキレも良くなるし、人間とは飛躍的に異なる吸血鬼本来の身体能力を存分に生かせるようになる。血液パックはとりあえずの腹ごなしには大いに役立つが、却ってどこか物足りなく感じるのもそのためだった。

 けれど、正論と自論はまた別ものである。いかにも高飛車な笑いを寄越されれば、それはいくら穏やかな新八だとてムッとくる。
 高杉は見掛けこそは美しい男だが、いつだって皮肉屋で辛辣なのだ。偽善やお為ごかしなんて言葉は、彼の辞書には一切ない。それはつまり、そうする必要のない彼はとりわけ“優秀”な吸血鬼である……という事実に相違なかろう。

 誰かに擦り寄ることも、媚びを売ることも、高杉には全く必要ないのだから。


「分かってますけど……でも僕はこれでいいんです。まったくもう、本当いっつも無駄に意地悪なんですから」

「俺は真実しか言ってねェがな。んなモンはガキのおしゃぶりにもなりゃしねえ」

「もう!僕より早く生まれてるからって!ズルいですよ、ずうっと僕のことを子供扱いして。それに僕らはずっとこのままの姿で生きていくって分かってるのに、敢えてそんなこと言いますか?…………僕らはずっと、肉体的に“死んだ”時の姿のままで生きていくのに」

 新八は唇を尖らせつつ、くつくつと愉快そうに喉を鳴らす男相手に精一杯の反論を試みる。
 だってそうだろう、例えば先程の高杉が言った『成長期』なんてシロモノはもう新八には存在していない。正確に言えば新八の心臓が止まった約百年ほど前、明治の終わり頃から、ずっと新八はこのままの姿でいる。
 この少年の姿のまま決して成長はしないし、大人の男には絶対になり得ない。少年期における中性的な危うい美しさを保ったまま、肉体が朽ちるその瞬間まで、新八は永遠にこのままなのだ。
 永遠にこの少年の肉体に閉じ込められ、囚われたまま。
 二度目となる死が、今度こそ新八を解放する時まで。



 少年は既に、人の輪廻から外れて久しい存在だった。




+ +



 人間としての成長が十六年に到達してすぐ──つまり数えで十五歳になっていたある夏の夜に、新八は生物学的には死亡していた。あるひとりの暴漢に家ごと襲われ、新八のみならず、両親と姉と共に惨殺されたのである。


 ひどく蒸し暑い夏の晩だった。いつものように家族団欒を楽しんでいた新八がふと耳を澄ますと、ドンドンと玄関を忙しなく叩く音がする。
 何かの急用だろう、早く玄関を開けてやれ……と、母に言ったのは父だったのか。貞淑な妻であり賢母であった母はその言い付けに素直に従い、居間を出て玄関に急いだ。
 その際に見た後ろ姿が、新八が見た母の最後の生きている姿になる。

 母が部屋から出て行き、少し経った後、突然家屋中に悲鳴が鳴り響いた。断末魔を思わせる悲痛な叫びである。しかも紛れもない母の声だ。
 父はその声に怯える新八と姉をひとまずは制し、そのまま廊下に躍り出た。続けて上がった怒号のような父の叫びは、ついさっきまでの平和だった日常がガラガラと崩壊するのにふさわしい悲劇の幕開けとなったのだ。


『何……!?』
『どうしよう姉さん!父さんと母さんが』
『新ちゃんは待ってなさい!』
『嫌です、僕も行く!』

 父の声を聞いていよいよたまらなくなった姉弟は、勇気を振り絞って父の後を追うように廊下にまろび出た。そしてその瞬間、そこで見た事態の凄惨さに硬直した。自身の想像を遥かに超える恐怖に身が竦み、叫びすら上げられなかった。

『『……!!』』

 廊下には、今まさに散ったばかりの膨大な血が赤々と流れている。僅かに視線を下げれば、そこには見事なまでの太刀筋で袈裟懸けに斬られて既に絶命している父と母の姿があった。そして、その二人の遺体の先には──右手に日本刀を下げた、ひとりの男の姿。
 全身を覆う黒衣のようなものを頭からすっぽりと被っている為、背格好や表情の如何は分かりづらい。しかしギラリと輝く瞳は、血に飢えた獣を限りなく彷彿とさせた。


 状況から察するに、男はまず玄関先に出てきた母を斬り殺したのだろう。その悲鳴で駆け付けた父をも、躊躇することなく簡単に斬ったのだ。まるで物をぶった斬るように。
 人間にあるまじき冷酷さと残酷と──あとは無慈悲までに美しい、その正確な太刀筋によって。

 その後、ゆっくりと屋内に侵入を果たした男は、廊下の端で黙って震える姉弟の側まで悠々とやってきた。鮮血の滴る日本刀を、何の気負いもなくブラブラと振りながら。



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