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□A day on the planet
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 「じゃあどうしろって言うんですか?何にも食べ物はありませんし、この間の食糧危機で、カップ麺とかレトルトカレーとかほとんど食べちゃったでしょ」

 新八はまだブツブツと小言を言っている。けどその内容はいたって正論でもあるので、中々反論し辛いことはし辛い。新八の言うとおり、つい先日も仕事不足からの食糧難に陥って、インスタントやらレトルト食品の類はあらかた食べ尽くしてしまっている(尽くしたのは、紅一点の神楽だけれども)。
 銀時はとりあえず目を眇めたまま、何も言わずに自分のデスク後ろにある窓へ近寄った。そのまま外を視察する。チラと見下ろす通りは、人っ子ひとり歩いていない。もちろん、未だ雪は大盤振る舞いで白くつめたく堆積中。

 こんな大雪の日と、くだんの“食糧危機”がかち合ってしまったという事実は、結構目も当てられない悲劇だろう。食糧さえ潤沢にあれば、外の事などてんから無視してまだぬくぬくと布団の中に居られようものの。
 腕の中の新八を、裸で抱き寄せたくらいにして。

 どう足掻いも到達できそうにない事象に夢を馳せながら、がりがりと乱雑に後ろ頭を掻いた。仕方なく背後の少年を振り返る。

「ピザでも頼めばいいだろうが。文明社会バンザイだよ、文明開化様々だよ」

「だってそのピザ屋さんも、この大雪では配達に来るのだって大変ですよ。それに銀さん、宅配のピザって結構高いんですけど。そんなお金……」

「あー、今日は俺、ピザ以外のものしか食えねえな。今日ピザ食ったら、たぶん良くねェことが起こるわ。ほらアレ、今は国内製造の飯でも危険がたくさんだから。基本はメイドイン我が家しか信じられねェ世知辛い世の中だからな。分かんだろ、新八」

「際どい時事ネタ盛り込んでくんじゃねーよ!!危なッ!しかも、ものっそ清々しく誤魔化した!……ほら、じゃあ買い物に行くしかないじゃないですか。大丈夫ですよ、危ないからバイクは運転できませんけど。二人居たら何とかなりますって」

 忙しなくツッコミを入れた少年は、切り替えるようににこりと笑ってから、もうさっさとマフラーを巻き始めている。素人目にはドン引きするほどのこの積雪も、冷蔵庫が空っぽという具体的な命題の前には大して意味も成さないらしい。極めて主夫的な視点を持つ、新八ならではの見解だ。

「あのさあ……お前、本気で行くの?ちょ、マジ外見てみ。こっち来てみろ、すげー雪だから」

 でもまだぶうぶうと文句を垂れて、窓の外を指差した。銀時は冬が苦手だ。防寒の為に羽織りを着れば動きにくくなるし、すわすなわち、木刀が抜きづらくなる。何の為の着流し片袖抜きだと思っているのか。なんとなくとか、見た目の良さとか、そんなぺらっぺらの薄い理由では決してない(本当かよ)。
 まず何より、冬はクソ寒いのがいただけない。しかしだからと言って、夏の暑さが得意かと言われれば決してそうではない(この野郎)。むしろ寒いのも暑いのも、度を超えたら最悪だと思ってやまないだけだ。
 春の桜や、秋の紅葉を至極愛している銀時だ。花見酒は美味いに決まっているし(という視点から)。したがって、自分の愛する風光明媚がこんな豪雪に通ずる筈もない。

 文句を付けられた新八は、言われた通りに大人しく窓辺に近寄ってきた。大きな瞳はまばたきもせず、舞い落ちるぼたん雪をじっと見つめている。こんな薄暗い日でも、だからこそ発光するような雪白が映えるのか、窓際に佇む少年の頬はほんのりとあかるかった。すべすべとした肌理の白さが、雪あかりに透けている。その対比で、唇の赤さはよく目立った。
 いばらの実のような朱唇──狩りの本能が実にそそられるような。

 何故か妙な気分になって、左手を空に浮かす。これは俗に言う、“なんとなくいい雰囲気”というやつではないのだろうか。


「──さっ、早く行きましょう銀さん!」

 ……通常であれば(つまり今は非常時だった)。

 ムードもへったくれもなく、新八が威勢良く告げる。よし、とばかりに握りこぶしを作って、気合を入れているのも如何なものだろう。色気の“い”の字もないことはうけあいだ。
 まったく、黙ってさえいれば見た目はかなり好みなのに。

  かなりどころか、相当。マジで。いや、布団の中でもだんまりを決め込むマグロは好きではないが。アレだけはいただけないし、はなから食う気もない。
──って、何の話ですか(本当に)。


「オイ、おめーは空気も読めねえのか。いい加減にしなさいよ、雪なんぞジッと見てよォ。もうシチュエーション的には結構完璧じゃん。何が不満なの、お前は」

 何気なく新八の背中に回そうとしていた手を引っ込め、愚痴がてら盛大にため息を吐いた。
(様々な場面において)タイミングが合う時は恐ろしいほど合うし、まさしく阿吽の呼吸を地で行けるのに、こうなるともうとことん合わないのだ。そのちぐはぐでバランスを保つところがある二人だから、これも必然の歯車なんだろうけど。

「何が不満?……って、今は冷蔵庫が空っぽなことですよ」

 しかし、先程の己の発言はやぶ蛇だった。完全なやぶ蛇だ。少年は眼鏡のブリッジを押し上げながら、またも正論を吐き出す。

「神楽ちゃんが帰ってきた時、何もなかったら大変なことになりますよ?」

「おめーが喰われるくらいだろ?それか、おめーの眼鏡焼かれるくらいだろ。ノープロブレム」

「ノープロブレムじゃないよ!問題ありすぎでしょうが!何だよ、僕の眼鏡焼かれるぐらいって!」

 ぽんぽんと口さがない言葉を重ねていると、新八が唇を尖らせるのが分かる。それをまあまあと宥めて、すかして……からの、再度の“口撃”だ。

「わーったよ。ならほら、眼鏡にハチミツ塗っとけ。それなら神楽も誤魔化せんだろ?」

「誤魔化せるかァァァァ!!神楽ちゃん本気で怒りますよ、噛み砕いた瞬間マジギレですよ。そのままの飢えた思考で、銀さんの天パをふわっふわの綿あめと思うかもしれません」

「……やべえ。オイ、それはマジでやべーだろ」

飢えてブチギレた神楽に、綿あめと認識されるぐらいヤバいことはないだろう。腹ペコから来る神楽の認識の甘さときたら、新八の眼鏡をホタテと思うほどなのだ。ただでさえ常日頃から定春にいいように噛み付かれている己の頭を、これ以上の危険に晒す訳にもいかない。

「自分にも危機が及んでから、やっとヤバさを自覚してくれましたか」

 たまに新八は、姉の妙とそっくりな言動をすることがある。腰に両手を当てて仁王立ちなんてしている、ちょうど今がいい例だ。きっと幼い時から、こうやって妙に説教を食らってきたんだろう。

 だからと言って、ハイそーです、と素直に聞く銀時ではないのだけれど。


「うん。つー訳で、雪でも出前してくれる飯屋を探せ。今から探せばどっかにはあるからよ」

「さっきの舌の根も乾かぬうちに何を言ってんのアンタはァァァァ!!!……もういいです!銀さんがそんなに外出が嫌なら、僕一人で行ってきます」

 銀時に全力でツッコミをくれてから、新八はあっさりと踵を返した。暖かい室内に何の未練もないきびきびとした足取りで、居間を突っ切っていく。ポーズではなく、本気で一人で行くつもりなのだろう。何たって新八だ。
本気で、この雪の中を一人で買い物に行くだろう。決して自分の為などではなく。
 銀時と神楽と定春のために。

 それぐらいのことは別に恩着せがましくもなくやってのけるのが、万事屋の眼鏡なのだから。



「あ、ちゃんと戸締りはしてくださいよ?それから洗濯機回してるんで、終わったら干しておいてくださいね。てか、それくらいはして下さい」

 さっさと居間を出て行くていの少年は、戸口に手を掛けてからこちらを一回振り返った。歩きながら更にぐるぐる巻きにしたマフラーで、口元は半ば埋れている。鼻先がちょこんと見える程度だ。寒いとすぐ頬が真っ赤になるくせに、これくらいの装備で出掛けようと言うのだから恐れ入る。

 全くもって、新八は新八だ。黙っていれば中々にかわいいものの、どうしたって可愛くないお口は減らないし。


「……ったく」

 かわいくねーの、と再度呟く。無論、聞こえるように言ったつもりだ。
 銀時はぐるりと肩を回して、天井を仰いだ。その勢いで、窓の外を確認する。雪は止まないどころか、先ほどより量は確実に増えている。壁一枚を隔てての、この寒暖差なんて今は考えたくもない。

 暖かい室内には限りなく未練はあるけれど、それより何より──こんな眼鏡に惚れている己をまず恨みたい。


  こんだけ雪の降る中で一人歩きなんかさせられっかよ。



「俺の分の羽織も持ってこい。マフラーも」

 ぞんざいに言い放つ。ずかずかと歩いて玄関に向かうと、後ろで新八が小さく笑う声が聞こえた。




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