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□A day on the planet
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 「だめですってば、銀さん!」

「いやこっちの方がダメだから。マジ無理」

「じゃあどうするんですか。冷蔵庫の中、空っぽなんですよ」

「砂糖とハチミツがありゃ、とりあえず一冬は大丈夫だって。とりあえず一冬は越せるから。糖分は世界を救うんだよ」

「救われるのはアンタか、冬眠中の熊くらいですから。銀さん、いよいよ糖が脳内にまで回ったんじゃないですか。僕は大丈夫じゃないんです!」


 ここまで新八に言われたところで、銀時はようやく顔からジャンプを払いのけた。ソファに寝そべったまま、傍らに立っている新八をちらりと見上げる。少年の顔は、いつもの生真面目な面立ちを頑なに保ったままだ。一度言い出したらガンとして譲らない態度は、まさしく山のごとし。

はーあ、と盛大なため息が口からこぼれ落ちる。面倒くせェっつーの、だの、これだから新八はよォ、だのと口中で噛み殺しつつ、けどやっぱり「うっせーよバカ」と至極やる気のない声が出た(逡巡の意味がない)。仕方なしに、のっそりと上半身を起こす。

 そのまま力なく大あくび。

「……あのさァ、新八くん。バカなの、死ぬの?てめー以外のどこのバカが、こんな天気の日にすき好んで出掛けたいと思う訳?」


 指差した窓の先、格子の隙間から覗く外界は、一面の雪化粧が施されている。

 ここは大江戸、かぶき町。国際都市のど真ん中では今まさに──近年稀に見る大雪が、積雪記録を更新中だ。










 雪国ならばいたって標準程度であろう降雪も、都市の機能をイカれさせるには充分すぎる程の威力があった。昨日の夕方からちらつき始めた雪は、夜を経て尚しんしんと分厚く降り積もっていたらしい。道路や屋根や木々のいたるところ、町の隅々までくまなく堆積した雪に、町も人もうろたえておっかなびっくり過ごしているような朝。
 交通のダイヤなんて、もはやこうなってはあってないに等しい。電車もバスも軒並み運休に次ぐ運休。どこの乱痴気騒ぎかという勢いで、町の機能は乱れに乱れまくっている。


 昨日の昼前から妙の元に遊びに行っていた神楽も、雪に閉じ込められるまま志村家に一泊していた。帰ろうにも迎えに行こうにも、どうにもこうにもやりづらいほどの雪なのだから仕方ない。


 ──大丈夫です姉上、僕こっちに泊まりますから。

 昨晩心配して電話をかけてきた妙に、そう告げたのは新八だ。声が聞けて安心したのか、今まで不安げだった彼女の様子はガラリと変わった。電話口から漏れる声に、ほっと安堵が滲んでいる。

──そう?なら良かった。無理に帰って来ない方がいいわね、何しろ凄い雪だもの。銀さんといるなら安心ね。神楽ちゃんはこっちで泊まらせますから。

 その『銀さんといるなら安心』の意味に大した含みも無かったのだろうが、とりあえず曖昧に笑いながら新八は受話器を置いた。嘘やごまかしが極端に下手な少年だけれど、電話越しではさすがの妙もその機微までは気づけなかったことだろう。もちろんその後、まったく安心できない“夜更かし”のメニューが追加されたことは想像に難くない。
 健全な男子ふたりが一つ屋根の下だ。一晩中誰にも気兼ねしなくていいのなら、いかがわしいことの一つや二つ、それは当然したくもなる。不自然なことは何もない。まず間違いなく、自然の摂理(いや、あくまでも銀時の持論では)。

 せっせと交わって、だらだらとピロートークなんてして。そのまま振り出しに戻ったり戻らなかったり、怠惰で楽しい時間なんてあっという間に過ぎてしまう。すうすうと寝息を立てる新八の髪をすいているうちに自分も寝入ってしまったのか、起きた時にはすっかりと陽は高かった。
 けれど、それはもちろん表現上の話だ。太陽でなくとも、下界は白く照らし出せる。何だかやけに明るくねーか、と不思議に思って窓の外を見たらこの有様だったのだ。

 降り積もるは白、白、白。

  かぶき町、一面の雪景色。




 見慣れた町の見慣れぬ雪景色には、何故か奇妙な閉塞感を感じてしまう。厚く幾重にも垂れ込めた鈍色の雲の上には、いつも通りの太陽があるなんてにわかには信じがたいぐらいだ。図々しいほど大きなぼたん雪が、絶え間無く世界を白で埋めていく。
 それはうつくしいけれど、反面、おそろしい眺めだった。

 ふと、こんな景色をどこかで眺めたことがある、と思い出した。窓辺に立ちすくんで頭を掻く。記憶の底をさらうように、思考回路が構築されていく。ちらちらと舞う白いかけらを、どこかでもこうやって佇んで見ていた。
 こんなにも平和な朝でなかったし、のんびりと考えてもいられなかったけれど。
 でも──雪の色は同じだ。その雪が微かに積もった、己の髪の銀色も。

 あの日の朝も、おびただしい死体の赤を覆い尽くすように白い雪がただ降っていた。
 忌まわしくも懐かしい戦場に降り積もる、雪。白く吐き出された自分の吐息。
雪原にポタポタと滴ったのは、握った刀から流れ落ちた敵の血か、それとも自身の血だったろうか。
 
 今となってはもう曖昧で、とても思い出せそうにない。





 何となく昔のことに思いを馳せた銀時が、また布団の中に戻って行ったのはもはや本能的なものだろう。どう考えたって回避不可能だ。
昨夜の疲れがたたったのか、珍しくまだすやすやと眠っている新八の身体から暖を取ったことも。むにゃむにゃと何かの寝言を言いながらすり寄ってきた少年に、微かに笑ったことだって。

そしてそれから小一時間も経ってようやく起きた新八に、「何で起こしてくれなかったんですか!?もうこんな時間!」なんて、何故なのか怒られるハメになったことすら。


 ──要はセンチメンタルとは程遠い、今の居場所くらいが自分にはお似合いなのだろう。






 ようやっと起き出した後は、いたっていつもの通りだ。新八の作った遅めの朝食を取って、結野アナの天気予報を見て、やっぱりカワイイと噛み締めた後は特にやる事もなくだらだらとしていたら、あろうことか少年は買い物に行くなんて言い出した。さっきまで忙しなく居間の掃除をしていた筈なのに、もうさっさと台所に移動していたらしい。冷蔵庫の中身を確認して、確認し尽くしての決断だ。外の天気とはかりにかけて、それでも重きを置ける程度には万事屋の冷蔵庫はすっからかんに違いない。

 しかしこの行動力には恐れ入る。誰もが行きたくないところに、敢えて挑もうと言う気概。責任感とか若さとか、もはやそんな話でもないだろう。
 だらだらとかごろごろなどの、銀時の得意分野を滅法苦手とするのが新八だ。怠惰に過ごすとかえって疲れてしまうたちらしい。したがって外界がこんな有様でも、己のペースだけは崩したくないという次第。こっちから言わせてもらえば、ただ単に貧乏性というだけの話なのだが。

 ……そして。


「だから無理だって。俺ァ今日外出すると死ぬって、朝の占いで結野アナが言ってたから。ほらアレ、美人薄命?的な」

「死なないです、銀さんみたいな人が寒いだけで死ぬ筈ないです。そんな占い結果は一言も言われてないです。あと、使い慣れない四文字熟語は使わないでください」

「……反論反対。徹底的にはんたーい」

「反論じゃないの!正論ですよ、何だよ反論反対って。横暴ですよ!」

「ったく、かわいくねーの」

「べ、別にいらないですっ、そんな評価は!」

「仕方ねーなァ」

「あっ、やっと行く気になってくれましたか?」

「またかわいくしてやっから布団敷いとけよ」

「いい加減にしろよアンタはァァァァ!!」



 ──否応なしに、冒頭に戻るふたりだ。





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