戦国への来訪者
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「……一応聞くけど、そのタンコブ…」
「言うな」
「いやでも…」
「何も言うな。please」
戻って来た眼帯の頭にはタンコブが1つ出来ていた。
……主君、だよな。こいつ。
「Ah,とりあえず魔物の事を教えてくれ」
「教えろつったってなァ…んー…どっから話せばいいのやら…」
「初めから、お前達の言う常識からでいい」
常識…常識ねェ…
強面の台詞にしばし考え、神話に近ェけど、と前置きしてから始めた。
「俺らの住む世界ってのは、神と魔と人との距離がごく近い世界だ。だがこの3つは決して混じる事は無い。
そうだな…水を入れた鉢の中に石が3つある、と考えてくれ」
「そのそれぞれがgodとdevilとhumanって訳か」
何でわざわざ言い直すんだろうか、こいつは…
面倒じゃないのか?
「ああ。で、鉢を満たす水が三者を繋ぐ存在…俺らは総称として“鬼”と呼んでいる」
「demon?」
「…日本語で言ってくれ、一々変換すんの面倒くせェ。鬼っつっても悪鬼の類じゃねェし、神と魔って言い分けも便宜的なものに近い。そのどちらも人の手の及ばねェ事象を偶像化したモンだ。その中間、どっちつかずの曖昧なモンを鬼って呼んでるだけさ」
だからこそ“俺”のような存在だって生まれる。
最後の台詞を呑み込む事で黙し、宙に絵を描くように指を動かしつつ続けた。
「で、魔物ってのは人の負の気が集まり形を為した物を指すんだ。その作用は魔、属性的には魔と鬼の中間だな」
「…獣や虫の姿をしているのは何故だ?」
これは強面からの質問だ。ネズもカマキリも、大きさが人間よりデカいとはいえ見た目は鼠や虫のカマキリと大差ないからな。
「それは俺らにも分からん。一説にゃ気の塊が動物や虫の死骸に乗り移ったからだとも、鬼となった気が元の生き物に憑依したからだとも言われてる。どちらにせよ俺達はそいつを糧に暮らしてるのさ」
肉を喰らい爪や牙を武器に革や甲羅を武具に…
少なくとも日本地区が大陸と繋がった頃にはそう暮らしていた、らしい。
何度でも言うが俺に学は無い。
ある程度の文字と地図が読めて算術の基礎が出来れば苦労しないんだ。
「政宗様、失礼いたします」
「おう、喜多か」
「月宮様のお部屋の支度が整いました」
入って来たのは女中、だろうか。
年上なんだろうが今一年齢が掴みづらい、凛とした雰囲気を持つ女だった。
……つか、部屋って。傭兵に部屋なんざやるのか、この世界は。
「今夜は宴だ、それまで少し休んでてくれ」
「質問はいいのかよ?」
「それはまた明日でいいさ。そっちがどう思っていようと、結果的に俺と孫兵衛を助けてくれたのは事実だしな」
「―――なら、有難く」
一礼し、喜多と呼ばれた女中の後を追って宛がわれた部屋へと向かう。
うっすらと漂う気配に視線を巡らせれば視界の片隅に黒と青が映った。
……忍か、それとも気配を消すのが上手い兵士か。どちらにせよ警戒されてる。
……当たり前だっつーの。
見た所眼帯はまだ20前後だろうし、それに輪をかけて好奇心の強い傾向にあるみたいだ。
それなら下の奴らが心配性というか、過保護になるのも分かる。どっかで誰かが手綱握ってないと大暴走かますタイプだ、あれ。
「こちらにございます。用事があれば近くの女中にでも仰って下さいませ」
「ああ、分かった。ありがとう」
「いえいえ」
女中…喜多は俺を警戒している風には見えなかった。
どれだけ上手く隠そうとも無駄だ、物心ついた頃からそういうのに敏感にならざるを得なかった俺の目は誤魔化せねェ。
頭である眼帯の見込みを信じているのか、己の判断で警戒していないのか。独断と偏見で後者だと思う。
「…………やる事ねェ…」
とりあえず刀を部屋の奥に立てかけ、やる事も無いので仰向けに寝転がってみた。
今まで暇な時って何してたっけか………
あれ、よく考えなくても暇な時って無い?時間があれば鍛錬してたし、部屋にいると大概“弟妹”達が来たし、鍛錬してると組員や白(ビャク)が相手してくれたし。
あ、マジで暇かつ1人でいた時って無ェや。
「―――筋トレでもすっか」
重しは何も無いが暇潰しにはなるだろう。
思考を切り替えて早速、逆立ちからの腕立て伏せを始めた。
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