戦国への来訪者
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ゆら、と意識が浮かぶ。
浮かぶといっても未だ闇の中を揺蕩っているような感じだ。
暖かなここから出たくない、まだここに浮かんでいたい。
そうぼんやりと思っていたのに、鼻孔に突き刺さるような刺激臭に己の意識は急速に強制的に覚醒した。
目を開くよりも早く刺激臭を運んできた幼い気配に近づこうとして…出来なかった。
肩に爪が食い込むほど強く押さえられたまま予想だにしない状況に目を白黒させる。
ただ、己の目の前にいた方の持つ雰囲気に呑まれていた。
「小梅、来てすぐで悪ィが薬持ってすぐに出ろ。他の奴らにも言っとけ、しばらくここに近づくな」
「う、うん…」
はっ、と意識を戻したのはその方が背後の子供に声をかけた時だった。
「………ッ」
「動くな」
子供が出て行った途端に満ちる重圧。
それが例え敵意やそれに準じるものであっても、己にだけ向けられている事に歓喜しそうだった。
「生きたまま眼球ごと脳ミソ引き摺り出されたくなかったら大人しくしな。答え次第で対応は変わる」
―――そう、歓喜だ。
いつの頃か、それとも初めからだったか何も感じず動じなかった“心”が震えている。
己を押さえる奴が何か言いながら目の縁をなぞっていたが、そんな事も気にせず肩の力を抜いた。
「何であんたがここに…」
「慶次、知り合いか?」
「知り合いっつーか、風の噂で聞いた事があるだけだよ。伝説の忍、風魔小太郎」
「は、伝説ね」
そこで入口脇に前田の風来坊がいる事にようやく気付いた。
何故貴様がその方の傍にいるんだ、何故貴様がその方と対等に喋っていられる。
漠然とした怒りを堪えているとその方は己の目の前に座った。
前田のは入り口脇に座したようだ。
「で、テメェは本当にその伝説とやらで合ってんのか?」
問われた事よりも己にのみ向けられた視線と声に、冗談抜きで意識が飛んだ。
が、慌てて問いに答えるべく首を縦に振る。
今ほど震えない喉を忌々しく思った事は無い。
「何だ、テメェ口が利けねェのか」
肯定。
もし己の喉が震えたのなら、音を紡ぐ事が出来たのなら。
思いつく限りの言葉を並べて傍にいさせて下さるよう頼めるのに。
「はァ…」
その方が吐いた溜息に思わず思考を止めた。
何かしてしまっただろうか、もしかしなくとも口が利けぬ事に面倒を感じたのだろうか。
しかし己の予想はいい意味で外れていた。
「口は動かせんだろ、読唇なら出来っからそれで答えろ。何故この近くで倒れていた?」
『巨大な蛇のような魔物に襲われ、撃退した後に他軍の忍にやられました』
ほ、と心中で息を吐き出来るだけ簡潔に起きた事を述べる。
答えるとその方は何か考えているようで、眉間に皺を刻み(ああ鋭い目が更に鋭く…)こちらを凝視していた。
それに居心地の悪さを感じ身じろぐと視線が己の顔へ移る。
そこで気づいた。何故視線が合う?
すぐに兜が無い事に気づき目元を隠そうと手を伸ばしかけて…傷が引きつると同時に毒の影響か痺れが回り敢え無く沈んでしまった。
「実は阿呆だろ、お前」
そう言う声には呆れしか含まれていない。
己の毛色を見て、瞳の色さえ見ていながら何故この方はこうも平然としていられるのだろう。
『…気味が悪く、ないのですか』
気づいた時にはそう問うていた。
「……悪くねェよ」
しばしの沈黙の後、そうポツリと返される。
言葉と同時に出された手は何の躊躇も無く血を被ったような色の髪に触れ、そして自然な動きで額へと上げられた。
遮蔽物の無い視界にはその方の、顔が映る。
己とは似ても似つかぬ茶とも金とも言えない色の双眸、瞳とは反対に漆黒を具現させたような闇色の髪、適度に焼けた肌とくっきりした目鼻立ちは野性的な美を表していた。
薄い唇がそっと開く。
「お前はお前だ」
視界が霞むのは、何故だ。