戦国への来訪者
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「アニキー!ちょっと来てくだせぇ!!」
「あ?何かあったのか」
「何かっつーか…あ、姐さんも丁度いいとこに」
「え?…ってありゃ、水死体?」
「…いや、生きてるな」
「どうすんの?“船長”」
「はぁ…助けんぞ、替えの着物持って来てくれ」
「はいはーい」
その言葉を最後に持ち場へ戻って行く各自。
“船長”と呼ばれたガタイのいい白銀の髪を持つ男に抱えられたその人は、喪服のような黒服も闇のような髪も全身ずぶ濡れにして震えていた。
*****
「あ、起きた」
「ッ!〜〜〜〜…っ」
反応はまさに俊足。
茶金の瞳に紫闇の色が映った瞬間には3メートルほど距離を置いていた。
……が、動いた際の衝撃で痛んだらしく体をくの字に折って耐えている。
「言う前に動いちゃってたけど動かない方がいいわよ。肋骨3本と左の上腕骨が骨折、それと右の大腿骨にもヒビ入ってるから」
「身に染みて実感してる…」
眉間にガッツリ皺を寄せながら茶金の瞳の怪我人は周りに視線を巡らせた。
全く見覚えのない空間。
足下が揺れるこの感じは海の上か?
何で自分はここに…と考えた所でようやく思考に記憶が追いついた。
「そーだ…崖から落っこちたんだ俺…」
「……よく無事だったね?」
「片手片足が無事なら全然…で、誰だアンタ」
「名乗るなら自分から、じゃねぇか?」
バサッ、と仕切り布を持ち上げて現れたのはこの船の船長こと長曾我部元親だった。
手には雑炊の入った器を持っている辺りトップらしくないが。
「…それもそうだな。俺は月宮、此度は助かった。ありがとう」
元親の台詞に怪我人…月宮天音は姿勢を正そうとして痛みに諦め、直立で頭を下げた。
それを手で制して元親は持っていた器を差し出す。
「そう固くならねぇでいい、俺は長曾我部元親!西海の鬼たぁ俺のこt」
「アタシは紫苑、見た目はアレだけど美味しいから食べてみて」
「紫苑…名乗りくらいさせてくれたって…」
台詞の途中で器と出番を奪い取った人、紫苑は見た目からでは性別の判断が付き難いが一人称からどうやら女性らしい。
ぐいぐいと押してくる迫力に負け器を受け取りながら彼女の背後を見たら大柄な背中が丸くなっていた。
いいのか船長がこんなんで。
「そういや服変わって……………見た、よな…?」
自分が着ていたはずの改造チャイナではなく、少々草臥れた着流しを着せられている自分。
それと崖から落ちた=ずぶ濡れの式から弾き出された答えに、天音は油の切れたブリキの如くぎこちない動きで2人に視線を向けた。
元親は少々罰が悪そうにしているが、紫苑にその様子は欠片もない。
「あ、その事?だーいじょーぶ、実際に着替えさせたのはアタシだけど、元親一緒に引きずり込んで他の皆には元親がさせたって事になってるから。元親だって見た目こんなだけど案外ピュアボーイでね…胸元のサラシ見た時点で後ろ向いてたもの」
「おまっ、あのなぁ…ッ」
羞恥か照れか赤面する元親。
それにとりあえず安堵の息を吐いて…先程の台詞に再び固まった。
「なァ、オイ…さっき、何つった?」
「へ?サラシ見た時点で後ろ向いた…」
「その前だ」
「…案外ピュアボーイ………あ」
己の失態に気付いた紫苑が『しまった』みたいな顔をするが天音の目はすでに探る目つきになっている。
紫苑の脳内には怒涛の如くこの事態を回避もしくは誤魔化すための言葉が流れていくが、次の瞬間には消えた。
「あんたも飛ばされたのか…!?」
『あ、この子もそうなんだ』
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