戦国への来訪者
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side:月宮
跳ぶ。
走るとか駆けるとかじゃなく、跳ぶ。
木の比較的太い枝に着地して、足場がしなるのを利用してどんどんスピードを上げていく。
近づいていくにつれ魔物が放つ独特の瘴気と人間の悲鳴が感じられた。
気配から探るに魔物は1体、周りのウロチョロしてるのが眼帯の所の奴だろう。
あと1度の踏み切りでそこまで行けると踏んだ俺は、大きく息を吸って声を張った。
「どいてろテメェら!!」
……若干“咆哮”が発動したらしく数人が倒れたのは無視して。
剣を抜いて構えながら魔物へと向き直った瞬間、顔が引きつった。
「お、おた…お助けを…!」
魔物は別にどうでもいい。
比較的強いと言われる種類だが、あくまでも比較的。特徴をあげるなら気に入った餌をしつこく追い回す(捕食を繰り返す)事か。
問題はそいつの足下、腰でも抜かしたのか泣きべそかいて動かない女だ。
見向きどころか注意すら向けてないって事は餌として見てねェんだろうが…魔物というのは基本、闘争本能と食欲で動いている。
餌として見てなくとも闘争、場合によっちゃ殺害の本能で女を殺すかもしれない。
それは大分、困る。
「ち…っどくせェ」
舌打ちを1つして、俺はさっきまで存分に発揮していた脚力を再び奮って飛び出した。
まっすぐ、魔物の足下へ。震えている人間へ。
ひょいっ
「へっ?きっ、きゃああああ!?」
「るっせェ騒ぐな落とすぞ」
「ごっごめんなさでも私重きゃああああ!!」
「だからうるせェっての口閉じてろ、舌噛むぞ」
面倒だと思いつつも女を俵のように肩に担げば、一気に近くなった魔物(の口)にだか悲鳴を上げた。
何か言いかけたのは分かったが聞く気も無ェから構わず走り出したらまた喚くし。俺の鼓膜または三半規管が死ぬからやめろ。
「おいそこの黒頭巾!」
「私ですか」
「テメェ以外に誰がいんだよ!ちゃんとつかめ、よッ!」
担いでいた女をそこにいた伊達の忍軍にぶん投げた。
ポーン、なんて効果音付きで放物線を描いた女は無事に向こうの奴が受け止める。それを視界の端で確認しながら、俺はいまだ食事中の魔物を見やった。
キシキシと何かの音を立てる魔物―――何かの虫の姿だ―――の口元は赤黒い粘着質な液体で濡れている。
鋭い牙には元の色なんざ分からねェくらい血に濡れたボロ布と、それを着ていた男の物だろう腕が引っかかっていた。
ごり、ぐちゅ、と不快な音を立てて捕食されていく腕だったモノ。
「……なるほど、こいつが気に入った餌は“若い男”か」
それなら絶好の餌であるはずの若い女に見向きもしないのだって頷ける。
「月宮様無茶しないで下さい!」
「テメェはさっさとそいつを無事な所に持ってけ。あと他の野次共は巻き添え喰っても知らん」
ごぎゅん。
残っていた餌(ウデ)も食い終わった魔物が俺に向けて牙を鳴らす。
餌の条件に当てはまらなくとも、争いや殺しそのものを好む習性はほとんどの魔物に共通しているし。
こいつも漏れなくそこに当てはまるって訳だ。
「利用価値の無ェ奴って好きじゃねェんだけどなァ」
だってあきらかに身ィ少なそうじゃんよ、甲虫類って。
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side:佐助
伊達が傭兵を雇ったから探ってこい。大将に言われたから来てみたけど…
「色んな意味でおっかねぇ…」
木々を駆ける姿は忍を通り越して獣、動き(というか言動)は予測がつかない上に実行するのが早い。
それにいくら若い娘といったって人間1人を片腕でぶん投げるし、周りの伊達忍軍に声かける振りして俺様みたいな奴らに声かけるし。
「何より、怪しい」
月宮、なら家名だろう。それならそこそこ身分が高いはずなのに素振りは全くそれっぽくない。
どちらかといえば成り上がりの下級武士とか。
「…の割にはバカみたいに強いしさ」
俺様の眼下では、いっそ笑えるくらいキレイに真っ二つにされた魔物を、黒髪に妙な黒い服を着た男が見下ろしていた。
………魔物に詳しくて、やたらと腕の立つ傭兵。
身なりもかなり特徴的だった、衣服もそうだけど何よりはあの目。
闇の具現を思わせる漆黒の髪に似合わない、茶とも金ともつかない色の瞳。
「―――大将に報告しなくちゃ、ね」
場合によっては強制ご招待って事になるかも?
……なんちゃって。笑えねえって。
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