戦国への来訪者

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「ふぇっくし!」

濁点が付いていたら親父くしゃみな音を立てていたのは、佐助の思考の中心の人物、月宮天音だった。

ずず、と鼻をすすり治りかけで疼く手足を動かしてみる。
無理をするとまた何かボキンといきそうではあるが、この調子なら完治もすぐだろう。

常人と比べて異様に治りの早い体は便利だが、それでも治るまで不便な事に変わりはなくて苛立ちに息を吐いた。

「とりあえず村に戻って俺が流されてた間の情報と…いい加減に黒幕も姿現さねェかなー」

面倒くせェ、と最近口癖になりつつある台詞を吐いて獣道を辿る。

件の村まではもう少しのはずだった。


*****



京の都にいる蒼紅主従+自称天女と、村に戻る為に獣道を進む天音が出くわす事はまず無いはずだった。
けれどそれは“確率が低い”というだけで“あり得ない”訳ではない。


それが―――夕暮れ時であっても。


チキッ

瞬時に臨戦態勢を取る武将達を目前にしても天音はそれまでの行動を…己の食事を止めない。
こんがりと焼いたソレはついさっき仕留めた魔物の(恐らく)足。
口の中の肉を飲み込んで、残った骨を放り投げてから己に刃を向ける彼らへと視線を移した。


そこには当然、くっついて来た自称天女…早乙女華の姿もある。


「へェ。噂はマジモンだったって訳だ」

口の周りに付いた血や油を拭い、余裕の態度で立ち上がり呟くその姿には、しかし隙が一切見当たらない。
剣を抜くどころか、鞘ごと握ってぶら下げているだけだというのに。

「月宮…!」

「おー怖ェ。いっちょ前に睨んでくれやがってかったりィなァ」


そう言って心底面倒そうに頭を掻く姿は、天音が黒幕だとすっかり信じてしまっている彼らを刺激するには十分だった。

直情型である幸村が瞬時に飛び出し振り下ろした二槍を、天音は鞘に納めたままの刀で受け止める。
ブチリと、鞘に巻いてある紐が幾本か切れた。


「ンだよボーズ。いきなり斬りかかって来るのがテメェの武士道か?」

「貴様…!これほどまでに民を、日ノ本を貶めんとしておきながら、よくも!」

「はァ?俺がこんなちっせェ島乗っ取ってどうすンだよ。つーか何だそれ、ギャグ?」


「黙れ!!」


当然ながら当人は怪訝そうに眉を寄せるだけ。しかし逆にそれが彼らの逆鱗に触れてしまったようだ。

未だ納刀したままで受ける幸村の槍と、よくは見えないが逆の手で受け止める政宗の刀とが、ギチギチと嫌な音を鳴らしている。


「ちっ…monsterが…」

「はッ!その化けモンに国救われた馬鹿が粋がってんじゃねェよ!」

「てめっ」

ギャギギギュリギルギギギィィィ


「あァ?ふざけてんじゃねェぞ何でこんな所にアレが出てンだ」


異様な鳴き声…と呼んでいいのか、耳をつんざき脳を揺さ振るようなその音に天音以外は耳を塞いで蹲っていた。
吐き捨てるようにぼやき、剣を腰に吊るすと袖から数本の苦無を取り出す。

それらの持ち手部分には何かの紙が巻き付けてあった。

「ね、ねぇ幸村ぁ…政宗ぇ…一体、どうし………」

「あァ、俺は割とどうでもいいが忠告するぜ。アレは若く柔らかい肉を狙う。この場で真っ先に狙われンのはテメェだ、天女サマ」

「っ!」

「死にたくなけりゃそこでジッと震えてろ」
ちっとは生き長らえるだろうよ。

後半は声に出さず胸中で呟き、耳障りな音が鳴る方へと向かおうとする天音を。

顔色最悪な佐助が、引き留めていた。


「ぁ……」



ンだよ。邪魔すんじゃねェ、テメェから殺すぞ


そう言って向けられた視線は、浴びせられた言葉は、放たれた感情は―――
以前とは比べ物にならないくらいに鋭く、冷たく、恐ろしかった。






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