ナナカマドは燃やせない

□第6章 真夜中の追いかけっこ
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2日目の夕食は入学式の晩餐ほどではなかったが、ベティにとってはとても豪華なものだった。
母親がいないのでいつも自炊をしている彼女にはハッカ入りキャンディすら美味しく思えたし、皆で食べる食事というのも新鮮だ。
ただ一つの例外を除いて。
「あれ、食わねえの?じゃあ俺にくれ」
ベティの皿の上のチキンが全く減っていないことに気付いたシリウスがそう言って、ひょいっとチキンを一本取り、口に入れた。
「ちょっとシリウス、まだベティは食べていいなんて言ってないでしょう?」
すぐに気付いたリリーが見咎める。
ベティは慌てて二人に言った。
「いいのいいの、あたしチキン苦手だから。シリウス、全部食べていいよ」
「え、いいのか?サンキュ」
シリウスは喜んでベティから皿を受け取り、すごい勢いでチキンを片付け始めた。
「ベティ、チキン嫌いなの?」
リリーが不思議そうな顔をして聞いた。
ベティは苦笑した。
「別に肉が嫌いなわけじゃないの、ビーフもポークも普通に好きだし。でも、チキンだけは食べられなくて……」
「そうなの?私はカロリーが低いって言うからよく食べるけど……。味がだめとか?」
ジェームズが割り込んできた。
「何をばかな事言ってるんだ、リリー!君は誰よりスリムじゃないか!これ以上痩せる必要なんてないよ!」
「黙ってて、ジェームズ」
リリーがすぱっと切り捨てた。
「ベティも苦手な物なんてあるんだね」
「何か親近感わくなあ」
リーマスとピーターまで話に入ってきた。
「ええ!?苦手な物なんていっぱいあるよ?授業とか鼠とか……」
「何か嫌な思い出があるとか?」
「……」
正直に言ってあまり食事中にするべき話ではないのだが、皆既に食べ終わっていたし、唯一食事中のシリウスは会話に加わらずにもくもくとチキンの山を消しているから大丈夫だろう。
「えーっとね、あたしがまだ7歳くらいの話なんだけど、近所に農場があったんだ。
よくママに言われて卵とミルクを買いに行ってたんだけど、そこに名前まで付けて可愛がってた鶏がいたの。
で、その子に会うのも楽しみにしてたんだけど、ある日ね……卵をもらいに農場主のおじさんの部屋に行ったら、その鶏が天井から吊されてたんだ……」
場が、しいんと静まり返った。シリウスがチキンの軟骨をばりばり噛み砕く音だけが響いていた。
「……なかなか、ハードな体験だね……」
ジェームズが、ぽつりと言った。
「ちなみに、この話には続きがあるんだけど」
「まだ何かあるの!?」
リリーが嫌そうな顔をした。
「うん。それであたしは絞められちゃった鶏を凝視してたみたいなんだ。そしたら、何を察したのかおじさんがさ……」
「待ってベティ、何だかその後の展開がすごく予想できるんだけど」
リーマスがちょっと複雑そうな顔つきになって話を遮った。
「え、何?どうなるの!?」
青ざめた顔のピーターがリーマスを問い詰めたが、リーマスはまあ話を聞こうよと言っただけだった。
リリーは結末が何となくわかったらしく、シリウスのチキンの皿を見ないようにあわてて目を逸らした。
ベティは続きを話し始めた。
「で、おじさんが言ったんだよ。『ベティ、そんなにチキンが好きなら、今絞めてお土産にあげよう』って」
その時、ガチャンと大きな音がして、全員飛び上がった。続いて、ジェームズの悲鳴が上がる。
「あちっ!」
どうやらカップに口をつけたままだったジェームズが、コーヒーをこぼしてしまったようだった。
「大丈夫、ジェームズ!?」
リリーがあわてて聞いた。
「うん、コーヒーはほとんどテーブルにこぼれたから……でも、シャツにしみができちゃったよ」
ふと気がつくと、周りが何事かと5人を見ていた。シリウスも驚いたようにこっちを見ながら、それでもチキンを頬張っている。
ジェームズはあわてて口を閉じ、5人は小声で話し始めた。
リーマスが聞いた。
「それで、目の前でやられたの?」
「うん……。首をくいって。血抜きもしてくれた……」
リリーが口を挟んだ。
「もらっちゃったの?鶏」
「もらうしかないじゃん!本心からいらないのに『遠慮しなくていいんだよ』とか言うんだもん!それ以来本当にチキンは駄目!」
「7歳のベティ、かわいそう……」
ピーターは本心からそう思っているようだった。
ちょうど他の生徒達も食べ終わったらしく、皆次々に次々に席を立ち始めていた。
ジェームズが言った。
「じゃあ、談話室に戻ろうか。シリウス、もう行くよ」
「待ってくれ、いま食べ終わるから」
いつの間にかシリウスの周りには、チキンの大皿がいくつも置かれていた。
リーマスが呆れた様子で言った。
「……君が食べ終わるのを待ってたら、朝になっちゃうよ。ほら、立って」
「ああ、俺のチキン!」
シリウスは悲しげな悲鳴を上げながら、ジェームズとリーマスにずるずる引きずられて行き、ピーターもあわてて追いかけて行った。
「当分、チキンは見たくないわ……」
男子組を追おうと立ち上がりかけながら、リリーがちょっとげっそりした様子で言った。
ベティは申し訳なく思った。
「ごめん、食事中に変な話しちゃって……」
リリーが驚いてベティを止めた。
「聞いたのは私達だから、ベティが謝る必要なんてないわ。それにしても、家の近くにトラウマがあるなんて嫌ねえ……。今でもその農場には買い物に行くの?」
「ううん、その農場はもう無いの。少なくとも、あたしが7歳の時には……あれ?今の7歳の時の話のはずなのに……」
「記憶が混ざってるんじゃない?小さい頃の記憶なら珍しいことじゃないわ」
「いや、あたしはあの時確かに……」
「おーい、リリー!」
見ると、大広間の扉からピーターが顔を出していた。
「あら?ピーター、どうしたの?」
「何か、リーマスが図書館がどうとかって!」
リリーは何かを思い出したようだった。
「いけない、一緒に行く約束忘れてたわ!ベティ、急ぎましょう!」
「え、うん」
リリーに手をとられて走りながら、ベティは先程の違和感について考えていた。
鶏をもらったのは、ベティが7歳の時で間違いない。
その日自分は誕生日で、母がケーキとお菓子を作るからと言ってベティをおつかいに行かせたのだから。それに、おじさんも『誕生日プレゼントだよ』と言っていた。頑として食べることはなかったが。
その年に農場が無くなったというのもありえない。
ベティの住む家の近所は歴史のある古い家ばかりで、新しく建てられた建物もない。
どこか、別の場所とごっちゃになっているのだろうか。
しかし、今考えても仕様がない。
「冬休み、パパに会ったら聞いてみようっと」
ベティは誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟き、リリーと一緒に扉に向かって走って行った。
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