・短編H・

□ご主人様とメイド
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「いってて…」



外の寒さとは違い、叩かれた左頬は熱かった。

というか、外が寒すぎる。
こんな寒さではどれだけ睡魔が強くても……



「いや、眠いな…」



言葉と一緒に白い息が飛んでいく。
シャツの襟には盗聴機がついてるので、お嬢様には届いてるだろう。
なんだかんだ、心配くらいしてくれてるんじゃないだろうか。

だって、寒いのと眠いのがあるんだよ?同時に来たらちょっと危ないやつだよ?

そう思いながらぼけーっとしてたら、声をかけられた。



「…どうしたのその顔」



「ん?お嬢様からの愛だよ」



そう言って得意のドヤ顔をしてみると、呆れたようにため息をつかれた。
相手は同じメイド仲間のフクちゃん。
2年程前にお嬢様に仕え始めたうちと違って、10年近くお嬢様の側にいるメイドだ。
10年前はお互い子供だったので、普通の友達だったらしいけど。
今でもちゃんとした場以外では「聖ちゃん」「佳林」と呼び合う仲だ。



「愛、ねぇ…」



「本気で叩いてたらもっと痛いと思うんだよね」



「里保ちゃんに暴力耐性がついたとかじゃなくて?」



考える。
まぁ、一週間に一回くらいはビンタされる。
お嬢様がやりすぎて骨を折られたこともある。
打撲なんてしばしば。

だけど、絶対愛はある。



「いや、愛だと思う」



「そう…で、その愛を貰った里保ちゃんはなんでこんな寒いところに?」



「お嬢様が後で一緒にお風呂入ろうって」



「…はい?」



「体冷やした方が熱いお風呂気持ちいいよって」



フクちゃんが頭を抱える。
どうしたんだろう。



「…急な温度差は、火傷に繋がるから気をつけてね…」



「そんな大袈裟な」



「だから佳林さっき今日のお風呂はとっても熱くしてって言ってたのか…」



うちが気持ち良くお風呂に入れるようにっていう心遣いか。
可愛い。そして嬉しい。
にやける頬を抑えられないでいると、フクちゃんの手がうちの左頬に優しくあてられる。



「可愛い顔こんなに腫らして…」



「ん…ひやくてきもちー」



ひんやりとしたフクちゃんの手は、熱くなってる頬にはちょうどよかった。
離れていこうとする手にすりすりすると、優しく撫でてくれる。



「猫みたい」



「…にゃー」



そんなやり取りをして、笑い合う。
フクちゃんは気の合う友達だ。
お姉ちゃんっぽくて、甘えたくなる。



「っ、ちょっと!」



そう思ってすりすりを続けてると、聞き慣れた声。
フクちゃんの手から離れ、声の方向へ素早く顔を向ける。
うちに尻尾がついてたら、ぶんぶん振っていたと思う。



「お嬢様っ!」



「聖ちゃん!今触ったでしょ!かりんのものに触ったでしょ!」



「佳林、大事なものは、大事にしないと」



ご主人の登場に尻尾をはち切れんくらいにぶんぶん振り回してる鞘公は完全に無視された。
フクちゃんにさっきは猫みたいと言われたけど、お嬢様の前では犬だ。
忠犬だ。忠犬鞘公だ。わん。



「大事にしてるもん!」



「普通、大事にしてたら暴力なんてふらないよ?」



少し責めるような言い方。
いつもと違ったフクちゃん。
お嬢様はうちに視線を送る。
いや、睨んだだけかもしれない。
だけどうちは、いや、私は、お嬢様のメイドとして口を開く。



「私はお嬢様に大事にされてます」



胸を張って発言する。
フクちゃんはため息。
お嬢様は勝ち誇ったような顔。



「そろそろ冷えた?お風呂入ろ」



「はい!」



お嬢様に連れられて歩き出す。
にやけながらフクちゃんに手を振ると、苦笑しながら振り返してくれた。



「おじょーさまおじょーさま!」



「うーるーさーい」



「おじょーさまおじょーさま…!」



「小声なら良いってことでもないの」



そう叱られるのも嬉しくて、ふふんと笑ってしまう。









「今日も痛いとこにいーっぱいちゅーしてくださいねっ」



「……はいはい」






end
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