・短編H・

□痴話喧嘩の被害者たち
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部屋を追い出された。
代わるってことになってるけど、これ事実上追い出されたってことだよね。
舞荷物なんにも持ってないし。
でもあの愛理になんか言うのはちょっとビビるし。

そんなことを考えながら、大人しく舞美ちゃんがいるであろう元愛理の部屋に向かった。



「舞美ちゃん?」



鍵がかかってなかった部屋に入って声をかける。
反応はない。
奥まで進む。

いた。
ベッドの上で体育座りしてる舞美ちゃんが。



「愛理と喧嘩したの?」



おかしいな、と思いながら同じベッドに腰かけて声をかける。
舞美ちゃん、落ち込んだ顔とかしょんぼりとかしてないんだもん。
いつも、この二人の喧嘩は愛理が一方的に怒るものだから。
舞美ちゃんが今みたいにほっぺを膨らませてるのなんてほとんど見ない。



「…愛理は?」



ボソッと。
なんだかんだ心配してるんじゃん。
舞の質問を思いっきりスルーするくらいには愛理しか見えてないみたいだし。



「舞を部屋から追い出して、自分がそこに居座ってるけど」



「…ごめん」



自分のことのように謝ってるし。
どうせ大したことない喧嘩なんだし早く仲直りしないかなー。
そう思いながら舞美ちゃんの膨れてるほっぺを指で押す。



「舞…」



「んー?」



ぷすーっと抜けていった空気と一緒に舞美ちゃんが話し始める。



「愛理はあたしのこと好きだと思う?」



「は?見るからにそうじゃん」



好きじゃないように見える人がいたら眼科をおすすめするくらいにはそう見える。
愛理わかりやすいよねまじで。



「…あたしが愛理のこと好きだってことは?」



「あー、舞美ちゃんのがわかりにくいかもね。みんな好きーって感じあるじゃん」



いつも近くにいる舞たちはすぐわかるけど。
なにも言われなくてもわかるけど。
そんなお互いがお互いの特別な二人に嫉妬したりするけど。
まぁ幸せそうだからいいんだけどさ。

と思ってると、舞美ちゃんのほっぺがまた膨らんだ。



「なに、なにが不満なの」



もう一度ほっぺを押す。
舞美ちゃんが耐える。
けど、ぷーっと間抜けな音がして、すぐにぺったんこになった。



「…そう見えるかもしれないけど、あたしの方が愛理好きだもん」



子供みたいに拗ねてる舞美ちゃんに、はいはい、と頭をぽんっとやってから、ちょっと考える。
ていうか、気づいたっていうか。
もしかして、こいつら、それで喧嘩したとかじゃないよね?



「まさかだよ?」



「え?」



「まさかだと思うけど、舞美ちゃんたちの喧嘩の理由、それじゃないよね?」



頭にあった手を移動させて、今度は肩をぽんっと叩く。
威圧的に。出来るだけ威圧的に。
そうではないと、答えてほしいと願った。

だけどその願いは呆気なく砕け散る。



「そうだよ…?」



他になにがあるの?とでも言いたそうな純粋な目。
舞は一回しっかりにっこり笑う。
それにつられて状況を理解してない舞美ちゃんがにこにこ笑う。
そんなにこにこを最大限まで伸ばすように、舞は舞美ちゃんのほっぺを両側から引っ張った。



「良い大人がそんなことで喧嘩すんな!!!」



「いひゃいいひゃいいひゃい!まいひゃんいひゃいよ!」



容赦なんてしない。
なんでそんなくだらない喧嘩に舞は巻き込まれなきゃいけないの?
部屋から追い出されてるんだよ?
まじおこ!!



「舞美ちゃん!?舞ちゃん!?」



舞美ちゃんのほっぺに怒りをぶつけてると、部屋のドアがおそるおそる開かれる音がして、ちょっとしてから愛理が飛び込んできて。
この状況に声をあげる。
舞の怒りの矛先が愛理に変わる。

舞美ちゃんのほっぺを解放して、痛がってる姿を横目で確認してから愛理に近づく。
そんな舞にちょっと怯えたように腰が引けてる愛理。
さっきまでとは違う。
よく見てみると髪の毛が乱れてる。
千聖にヘッドロックでもかまされたんだろう。
じゃあ舞は直接的な制裁は勘弁してあげよう。

そう思って一睨みしてから愛理の後ろに回る。
不安そうに舞を視線だけで追う愛理の背中に両手をやる。
息を一度吸い込んでから、持ってるだけの力で前に押した。



「くだらない痴話喧嘩なんかに舞たち巻き込むなっつーの!!」



愛理は勢いよく舞美ちゃんにアタック。
その後は知らない。
なにも見ないで部屋を出た。
あの二人のことだ、絶対上手くいくに決まってる。
あームカつく。

このモヤモヤ、今共有できるのはあいつだけだ。



「千聖千聖千聖っ!」



廊下の歩きながら、呪文のように小さくそう唱えた。



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