・短編H・

□自由な言葉
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「あ、鞘師さんおはようござっ…!?」

「もういい加減にしてよっ」

ガッと肩を掴まれて、なんの反応もすることが出来なかった。
なにか怒らせてしまったんだろうか。
思い出そうとするけどなにも思い当たらない。
とにかく謝ろうとちゃんと鞘師さんの顔を見て、初めて鞘師さんが怒ってるんじゃなく拗ねているんだということに気付いた。

「さ、鞘師さん?あの、なにが、とか聞きたいんすけど…」

「わかんないの?」

あ、怖い。
自然にそう思う。
鞘師さん元から目付き悪いのに睨んだりするから。
朝だし、不機嫌さも増してる。

「わかんないっす…」

なんの言い訳もできないままそう言う。
すると、ハルの肩から手は離され、深くため息をつかれ、答えを得られないまま沈黙が続いた。
鞘師さんの視線だけがずっとハルを捉えてる。
なにか抗議をしているような熱い視線。

あ、これ見つめ合ってるんだ。

そう意識してしまったら、もう恥ずかしくて見ていられなくなった。

「さ、鞘師さん、なんなんすか。言いたいことあるなら言ってくださいよ」

俯きながら小さな声で。
ボソッて、格好悪い。
でもしょうがない。
目の前にいるのは好きな人なんだ、しょうがないじゃんか。

「それうちの台詞だし」

心の中で言い訳してる、格好悪いハルに届いた言葉は、すぐには理解できなかった。
顔をあげて鞘師さんを見る。
さっきと変わらない拗ねたような顔が、ほんのりと赤くなっていた。

「……えっ」

思わず聞き返していた。
なにも考えないで。
ハルばかだからしょうがないじゃん、とかまた言い訳なんてして。

「…好きくらい、ちゃんと真正面から言ってよ」

そんな言い訳とか、どうでもよくなった。
ボソボソ聞こえた言葉はハルに大ダメージを与えるもので。

「ブログで言うとかじゃなくてさっ…だって、どぅー、普段うちのことすごい見てるのとか知ってるし…10期に相談したりしてるのだって知ってるし…ていうかわかりやすいしっ…なのに直接言ってこないし…もう、いい加減にして…よ…って…こと…」

時が止まる。
どっちも固まる。
ハルは頭を整理する。

「好き、です」

あれ。
整理してたはずなのに、言葉は勝手に出ていってしまった。
そんな言葉を追いかけるように気持ちも出ていく。

「鞘師さんのことがすっげぇ好きです。もう、こうやって、真正面から言っちゃうと全然止まれないくらい好きです。好きです。あの、本当にっ…!?」

そんな気持ちが止められる。
鞘師さんの柔らかい手で。
ほんのりと赤かった頬は、いつの間にか真っ赤に熟していた。

「わかった…!もうわかったから…!」

鞘師さんが言わせたのに。
そんな文句は飲み込む。
ずっとずっと文句を飲み込ませてきたのはハルだったんだから。

「ていうか、鞘師さんてハルのこと好きだったんすね…」

そう思いながらポロっと零れる言葉。
文句は飲み込む、と言ったけど。
一度零れた言葉は、なかなか止まってはくれない。

「正直鞘師さんてなに考えてんのかわかんないこと多いし、まさかハルのこと好きだったなんてわかんないし。ていうかハルが鞘師さんのこと好きって気づいてるんならもっと告白しやすいように好意見せてくれたりしてもよかったんじゃないかなーとか…」

言い終わってから、鞘師さんの反応を窺う。
既に真っ赤になっていたのに更に赤くなってて、爆発でも起こすんじゃないかと思った。

「だって…少しでも意識すると…赤くなりそうだし…そんなの、恥ずかしいもん…」

もごもご。
言いにくそうに放たれた言葉に、ハルは頭を抱えた。
目の前の生き物が可愛すぎて。
なんかもうどうにかなってしまいそうで。

「…どぅー?大丈夫?」

「ちょっと待ってください今色々我慢してるんで…」

こういうのってどうやって抑えればいいんだろう。
頭を抱えたまま悩む。
ここ楽屋だし、抱き締める、とか、誰くるかわかんないし。

とか、考えてんのに。

「ねぇ」

鞘師さんに頭を抱えていた手を握られて、目を合わせられる。
身長はいつの間にかハルが抜かしてた。
上目遣いってやつをされる。
鞘師さんはわかってやってんじゃないのかな。

「…もっとうちのこと考えてよ」

この状況で、鞘師さん以外のこと考えてると思ってるのが意味わかんないけど。
ハルの理性を奪うのには充分な言葉だった。

鞘師さんの手の中から抜け出して、頬を撫でる。
くすぐったそうに少し笑った鞘師さんに、もうハルを止めるものなど何もなかった。



はずだった。



「やすしさんとどぅーなにやってんのー?」

声を出すのも忘れるくらい驚いていた。
いつからいた?とかどっから見てた?とかどうやって入ってきた?とか聞きたいことはいっぱいあったけど、まず一つ。

「まーちゃんはなにも見てない、わかった?」

「えー?まさ見たよ?やすしさんとどぅーが仲良しなとこ」

「見てない!」

「見たもん!」

終わりのない言い合いが始まる。
鞘師さんはなにかがツボに入ったみたいでずーっと笑ってるし。
鞘師さんがその気なら別に良いけど。
絶対絶対、あとで一番慌てるのは鞘師さんだし。

だけど、想いが通じ合ったあとに見る鞘師さんの笑顔は、今までの何倍も愛しく見えた。



数分後楽屋に集まってきたメンバーになんでハルとまーちゃんが言い合いしてるのかを聞かれて、やっぱり一番慌てていたのは鞘師さんだった。



end

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