・短編H・

□後輩に慕われるようになった夏焼さんの話
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なんだかよくわからないけど、あたしは後輩に好かれるようになったみたいだった。



―――――

「なつやけしゃーん」

「…なに」

もう名前をちゃんと呼べというのもめんどくさいと思わせる後輩、佐藤優樹。
ストレッチをしてるあたしの目の前まですすすすと寄って来たと思ったら、一回転して背中に回って、いつものように肩を揉み始めた。

「こってますねぇ」

テレビで見たのか、やけに台詞っぽい言い方。
小さく笑って振り向く。
まーちゃんは台詞に合わせてるのか難しそうな顔をしてる。

「あたしもやったげる」

「だめーです」

「なんでよ。まーちゃんも疲れてるでしょ?」

そう言うと、難しそうな顔は消えて笑顔に。
ぐいーっと顔を近づけてきて、もう距離なんてないくらいの距離まできてぎゃはは!と爆笑まーちゃん。

「なーに笑ってんの」

「今日はまさの日なんですよ?なつやけさんはやっちゃだめ」

さっきまでの爆笑はどこに行ったのか。
真剣な顔になって、なんか年下や後輩を叱るような口調。

「なつやけさんはやさしいんだからぁ」

更にそんな言葉まで。
他の人にやられたらムッとすることも、まーちゃんにやられると笑って過ごしちゃうのはなんなのか。

やっぱり天性のものなんだろうなぁと、力の入ってない気持ち悪い肩揉みを黙って受け入れてる時だった。

「佐藤さんずるいー!」

背中にどんっと衝撃。
うぐっ、と潰れたような声が出た。

「ここあかりの場所やもん」

後ろで何が行われてるかわからないけど、ここと言われた時に背中に感触があったからおそらくそういうこと。
変な後輩が二人揃ってしまった。

「えー?まさのだよぉ」

「…どっちのものでもないんだけどさ」

一応突っ込んどく。
たぶん聞き入れられないけど。
そしてそんなあたしの言葉の後に沈黙が続いて、あれ?もしかして悪い雰囲気?なんて思ったところで、モーニングのマネージャーさんの「佐藤ー!」という声。
むーっ!と叫びながら離れていったのがわかる。
肩にあった温もりがなくなったから。

そして、代わりに目の辺りを覆うような温もりが。

「だーれだ!」

「いや、うえむーでしょ」

なんかもう思考回路がよくわかんないんだけど。
どうして今さらやろうと思ったのか。
完全に誰がいるかわかってたじゃん。
あれ?もしかしてわかってないと思ってたのかな?
それならしょうがないかな?

なんて混乱してるとけらけら笑いながら背中にぴとっとくっつかれる。

「ここあかりの特等席なんですよぉ」

なんて可愛いこと言われたら、なんかもうどうでもよくなってくる。
なんだかんだ可愛い後輩たちなのだ。

「そうなの?じゃあ他の人使っちゃダメなんだ?」

「そうですよぉ。あ、でも鞘師さんならゆずります」

人の背中ででへでへと気持ち悪く笑うのはやめてほしい。
それにしてもこのあたしの背中を特等席と言っておきながら、他の子にデレるとは少し気にくわない。

ちょっとからかってやろう。

そう思って首だけで後ろを向き、うえむーと目を合わす。
「本当にうえむーのものだけにしたくない?」とか微笑みながら聞いてやろうと思ったんだけど。
思ったより近い距離で見るうえむーの顔に、圧倒された。
それで、ポンッと言葉が出てしまった。

「本当に綺麗だね」

あ、言うこと間違った。
あちゃーと頭を抱える直前に、うえむーのぽかーんとした表情が違うものに変わっていくのに気づいて見続ける。
ぽかーんからむずむず、むずむずからうわー、うわーからあほー!だった。
うわーとあほーは声に出ていたものだけど。
赤くなった顔を両手で抑えながら去っていった姿に、なんか悪いことをしたのかもしれないと申し訳なくなった。
あほーと言われたのには後でゲンコツでもかましてやろうかと思ったけど。

「…で、鞘師ちゃんは羨ましそうに影から見てるだけなんでしょうか」

「ふぉわ!?」

なんだそれ、と言いたくなるような声をあげた後輩に視線をやる。
『鞘師は気づけばちょこんと側におることが多い』って、れいなちゃんから聞いたことがある。
この間のハロコンで二人で歌ってから、その現象がよく起きるようになってたのには気づいていた。
ただ、声をかけていいのかわからないような雰囲気だったのであんまり話しかけなかったんだけど。

「もっと近くおいでよ」

距離にして3メートル。
そんな遠いわけでもないけど、話すには遠い。
おいでおいで、と手で示すと、おそるおそるといった様子で近づいてくる。
なんだか野良猫を相手にしてるみたいだった。

「…ははっ」

そんな鞘師ちゃんが止まったのはぴったり隣、とかではなく50センチくらい離れたところ。
それでも本人が満足そうに微笑んでるから、まぁいいかと中断していたストレッチを再開。

「みや」

そんな状態は一分も続いてなかったように思う。
鋭く聞こえてきた声と遠慮なく近づいてきた足音に、近くにいた野良猫は逃げてしまった。

「せっかく良い感じだったのに逃げちゃったじゃん」

非難の声をあげる。
あたしの隣に座ったそいつは、反省してるような様子はなく、むしろ拗ねてるような感じでぴとっとくっついてきた。

「良い感じになんかなんなくていいし」

子供だ。
まるで子供。
ずっと末っ子として扱われてたからしょうがないと思うんだけど、少しは大人になってほしいものだ。
本当はとても良い子なんだから。

「梨沙子はまだまだお子ちゃまだねー」

ポンポン、と頭を撫でてやる。
その行動に怒るとかすると思ったんだけど、予想外に大人しくて、ひょいっと顔を覗く。
拗ねた顔のまま、頬をうっすら赤くさせてるもんだから、あーかわいいなぁなんて。
甘やかしすぎはいけないから厳しくするようにもしてるけど、やっぱりいつになっても甘やかしたい対象なのだこの子は。

「…みやを独占できるならお子ちゃまでもいいし」

「そんなこと言ってると後輩寄ってこないよー?」

「だから、みやがいればいいんだって」

そんなこと言っちゃって。
なんだかんだ仲良しの後輩が出来てきてること、お姉さん知ってるんですからね。

と思いながら、梨沙子の言葉は嬉しいもので。

あたしにぴったり寄り添って、服の裾をぎゅーっと握ってる梨沙子。
そんな梨沙子に寄りかかるように体重をかけると、なんだよーとか文句を言ってくる。

でもその顔が幸せそうに綻んでいるのを見て、あたしだけがいればいいと言ってくれるままでいてほしいと思うのも事実だった。



end

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