・短編H・

□甘いタバコ
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「あ」

「…私が先生じゃなくて良かったですね」

二週間に一度しかない、外に続く非常階段の掃除。
おそらくこの人はここに人が来ると思ってなかったんだろう。
だから、階段に座ってぼけーっとタバコなんか吸って。

「あちゃー…言う?」

困ったような台詞を吐いてるけど、表情に全然そんな様子はない。
むしろ余裕の笑みを浮かべてるくらい。
返事をする代わりに、実際に目を瞑った。

「ありがたいありがたい」

「…最初から答えなんてわかってたでしょう」

そう言いながら夏焼先輩の隣に座る。
優等生の私と、不良のこの人は、全然初めて会ったとかじゃなく、ましてやその正反対さから仲違いしてることとかもなく、まぁまぁ仲が良い関係だ。
そのことを他の人にわざわざ話すわけではないし、普段あんまり会わないので知ってる人はいないんだろうけど。

「愛理も吸う?」

「吸いません」

「だよねー」

こうふざけ半分で聞いてくるだけで、本気で誘ったりしないところが気に入っていたりする。
年下から年上に対して『気に入っている』だなんて生意気だと思うけど。
じゃあどういった表現をすれば良いのかというと悩む。
今思い付く限りで当てはまる良い表現はない。

「で、なにしてんの?」

ぷかぷかタバコをふかした夏焼先輩がそう聞く。
無言で持っていた箒を掲げる。
それはわかる、というように夏焼先輩が頷く。

「久しぶりに会った先輩との交流、をしたいかな、と」

少し驚いたような顔をして、夏焼先輩が笑う。
タバコを消して携帯灰皿に入れる。
そういうところはしっかりしてるんだな、と思ってやっぱり好きだな…と。

うん?

「そういえば愛理、今日は何日か知ってるかい?」

あれ?
私は今無意識にすごいことを思ったんじゃないか?
あれ?
ちょっと、少し、落ち着こう。

「えっ…そんな悩まないとわかんない?」

私はこの人を気に入っている。
ずっとそう表現して、そう思ってた。
これに代わる言葉ってなんだろうなとか、ぼんやりと思いながら。

「えっと、じゃあヒント!あたしの荷物が多くなる日!」

それを、今、私は無意識にこう表現した。
『好き』だと。
ただの好きではなかった。
友達や家族に思う好きではなく、もっとむず痒い、ふわふわした気持ち。

「っ、そんなわかんないなら答え言うよ!」

「好きです」

「そうそう!バレンタイ……へ?」

あ、やってしまった。
ついつい口をついて出てしまった。
今さらだけどバッと口を抑える。
顔に熱が集まってくるのがわかる。

「あ、うん、ありがと。で!バレンタインデーなんだよ?好きってとこは?」

……思ってた返しと随分違った。
全然重く受け止められてない。
まぁ、まずは良かった。

んだけど。

手を差し出されてるこの状況。
夏焼先輩がクッションにしてる鞄をチラッと見てみると、いつもは薄っぺらな鞄がパンパンに膨れ上がっていた。
そうだ、この人不良のくせに人気者だった。

「えっと…忘れてました」

「えぇぇ!愛理ちゃんと高校生してる!?こんなはしゃげんの高校生だけだよ!?」

そうだけど。
正直自分には関係ないことだと思ってたし。
今気持ちの整理ついたわけで。
まだもっと考えたいし。

「…まぁ、ないんなら仕方ない」

ふん、と拗ねたようにそう言って、膨れた鞄に手を入れて、なにかをガサゴソと探し出す。
なんとなく居たたまれない気持ちになって座ったまま箒を1、2回往復させる。
なにか話そうと口をパクパクした時だった。

「ほい」

目の前に差し出された四角い箱。
綺麗にラッピングされたそれには、リボンがついていて。
誰かにあげるための物だとわかる。

「……え」

私にあげるために用意したものではないだろう。
だって、私と夏焼先輩は、毎日会うような関係じゃなくて、さらにこういうイベント時に会おうって約束する仲でもない。
普段何をして過ごしてるのかも知らなければ、連絡先だって知らない。

「…もしかして、甘いもの嫌い?」

苦笑しながらそう聞いてくる夏焼先輩に、とりあえず首を横にぶんぶん振る。
そうじゃなくて。

「これ、私に渡すために持ってきたんじゃないですよね…?」

パチクリ。
そう聞こえてきそうな見事な瞬き。
その隙を付くように早口で捲し立てる。

「だったらあげたい人にあげた方がいいです。ていうか、そうじゃなくてただそれが余ったものだったとしても私にあげるの勿体ないですよ。夏焼先輩のチョコ欲しがる人なんて、この学校にはわんさかいるんですから」

目を合わせないままそう言い切る。
夏焼先輩の方は見れなかった。
なんとなく、ただなんとなく。

「真面目かっつーの」

数秒の沈黙の後、拗ねたような声が聞こえて。
ガサゴソと、今度は何かを開ける音。
なにか、なんて決まっていて、慌てて夏焼先輩の方を見る。
予想通り綺麗にラッピングされた箱の包装を解いていて、つい『わっ』と開けてしまった口に、遠慮なく中から取り出されたチョコを詰められた。

「ふがっ」

「美味しい?」

変な声が出たけど、夏焼先輩はそんなの気にしてないようで。
聞かれたことに今度は首を縦にぶんぶん振る。
味なんて正直ほとんどわからなかったけど。
むしろ、タバコを持っていた指が舌に当たって、少し苦い味がしたけれど。

「そ、良かった」

満足そうに笑った夏焼先輩は、いつもより甘い笑顔で。
それだけで甘さは足りていたんだと思う。

「じゃ、あたし行くわ」

ぼけーっとその姿を見ていて、気になることが少し。
まだチョコが残ってる箱を持っていってしまうようで。
くれないのかな、なんて思って。

その視線に気付いた夏焼先輩が、にやーって笑って、すごく嫌な予感がしたんだ。

「他にも餌付けしたい子がいてね」

私に『餌付け』した指をペロッと舐めて、立ち去ってしまう夏焼先輩。
しばらく固まったまま動けなくて、ふと我に返った時にようやく怒りが追い付いてきた。

からかわれた。

そうだ、ああいう人だった。
私はあまり感じたことはなかったけど、噂では聞いていた。

「さいっあく…」

何が最悪かって。
もちろん夏焼先輩もなんだけど。
一番は未だに熱を持ってる自分に対するもので。

その場に残っているタバコの香りにドキドキしてしまってる自分が一番嫌だった。















―――本当に君のために用意したものなんだとは、気恥ずかしくて言えなかったよ



end

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