・短編H・

□ご学友と恋人の違い
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「姫」



「…」



「姫!」



「……」



「なにふてくされてんですか!」



またわがままプリンセスのわがままが始まるのかと思うとため息が出た。
前みたいに嫌いだとは思わなくなったけど、めんどくさいと思うことはよくある。
めんどくさいと思う。
思うけど、そんなわがままでさえ可愛く思ってしまうことも増えて、自分自身少し困っていた。



「リオン」



そう思っていると、私の目の前で椅子に座って腕を組んで黙っていた姫がようやく口を開いた。
出てきたのは咎めるような鋭い声で、自然と背筋がピンとなる。
もしかして、わがままとかじゃなくてなにか私が悪いことをしてしまっていたのかもしれない。



「は、はい…なんですか、姫」



緊張しながら返事をする。
すると姫は顔をしかめてため息をついた。
普段私に対して怒ったりしない姫にこんな態度をさせるとは、私はどんなことをしてしまったんだろうか。



「私の名前はなに?」



「…はぁ?」



何をふざけてるのか。
ていうかやっぱり真面目なことじゃなかった。
少しでも反省してしまったのがもったいない。



「だーかーら!私の名前はなに!」



「どうしたんですか姫。ついにボケてしまわれたのですか?姫の名前はフェイです」



「そう!」



ガタッと音を出して姫が立つ。
私の前に立ってふてくされたような顔は崩さず言葉を続ける。



「私の名前はフェイよ?」



「はい、知ってますよ」



「でもリオンは私のことなんて呼んでる?」



ため息をつくのは私の番だった。
どうしてふてくされてるのか、わかってしまったから。
今さらかと思うけど、おそらく姫的にはこないだのことがあってからずっと思ってたんだろう。



「ねぇ、リオンったら」



ため息をついてから黙り込んでいると痺れを切らしたような姫の声。
しぶしぶ口を開く。



「姫の言いたいことはよーくわかりました」



「えっ?私なにも言ってないのに!?能力!?リオンにも能力があるの!?」



「何を言ってるんですか。姫と違ってそんな能力ありません。そうじゃなくて」



「そうじゃなくて?なに?なんなの?私と恋人にはなりたくない!?」



「……えっ?」



ちょっと、待った。
もしかしたら私は、重大な間違いをしてしまっていたみたいだ。
いや、この場合、間違えたのは姫と言っても差し支えないと思うが。



「えっ…て…リオン、私の考えてることがわかったんじゃないの…?」



「えっと…てっきり姫じゃなくて名前で呼んでほしいってことだと…」



「そ、そこだけ!?私はもっと奥の方までわかってるのかと思って!あぁぁ…!」



だから私は姫と違ってそんな能力ないんですって。
と言いたかったけど、それどころじゃない。

もしかしなくとも姫は、私とご学友ではなくて、恋人になりたいって思ってるってことだ。

うーあー唸りながら頭を抱えてる姫に、いつも以上の愛しさがわく。



「姫」



「…なぁに、リオン…私は今とっても恥ずかしいの…出来れば放っといてほしいくらいに…」



「私も姫のご学友じゃなくて、恋人になりたいです」



私の言葉に、姫が顔を上げる。
泣きそうになっていたらしく、少し濡れている目にドキッとしたけど、それに負けずに続ける。



「人の前では姫と呼びますが、こうやって二人きりの時はフェイと呼びたいです」



「リオン…」



「フェイ、私と恋人になってくれますか?」



「リオンっ!もちろんよ!」



勢いよく抱きついてきた姫、いや、フェイを受け止める。



「っと、危ないですよ」



「リオンだーいすき!もう!だいだいだいすき!」



ぎゅーっと力一杯抱きついてくるフェイを優しく抱く。

私に抱きついたまま体を揺らしていたフェイは、しばらくすると満足したように私から離れた。



「あー!恋人っぽいことしたー!」



「…はい?」



「こんなに力強く抱き締め合うのなんて、恋人じゃないとしないわよね?んふふ!」



目をパチクリする。
このお姫様はなんにもわかってない。
恋人っていうのが本当はどういうものなのかも、私のこの高まっている気持ちも。



「…フェイはわかってないです」



「え?って、リオン?どうしたの?」



距離を詰めて腰を引き寄せる。
素直に引き寄せられてくれたけど、フェイは相変わらずなんにもわかってない。

これからの苦労を思いながら、フェイに口付ける。

驚いたようにピクッとなったことを愛しく思いながら、柔らかい唇を堪能する。
これが王族の唇か、なんて少しふざける余裕すらある。

どうしてかって?

相手のフェイが、茹で蛸のように赤くなっていてまったく余裕がないから。
私に掴まっていないと立ってられないくらい。



「…今日はこれだけで勘弁してあげます」



唇を離してそう告げる。
本当はこれだけじゃ足りないくらいだったけど、フェイがもたないだろうと思って。

それに対して、私に寄りかかるようにして肩で息をしているフェイは、小さく呟いた。



「…お手柔らかに…頼みたい、です…」



自分に対して初めて使われた敬語に、思わず吹き出してしまった。



end

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