・短編H・
□三角関係
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きっかけはモーニング娘。の11期オーディションに落ちた時のことだった。
9期オーディションに受かった鞘師さんのどんどん輝いていく姿に惹かれていて、この人と一緒に輝きたいと思った。
10期オーディションが開催され、これこそ受かってやるという思いで受けて、結果はダメだったけど、諦めるつもりは毛頭なかった。
だけど、その後鞘師さんが石田さんと付き合い始めたという噂を聞いて、どうしようもない喪失感に襲われた。
そこで初めて、かりんは鞘師さんが好きだったんだと気づいた。
そうして開かれた11期オーディション。
これに落ちたら、諦めようと思った。
モーニング娘。に入ることも、鞘師さんのことも。
結果はダメで、10期オーディションの時には我慢できた涙が、今度こそ抑えられなくて。
会社で人があまり来ないところで一人で泣いていた。
そして、そこに鞘師さんが通りかかった。
かりんは泣いてるところを見られたくなくて咄嗟に両手で顔を隠した。
鞘師さんは、なにを思ったかわからないけど、咄嗟にかりんを優しく抱き締めた。
その優しさに、かりんはもっと泣いた。
そして、鞘師さんはかりんの両手を退けて、優しく口づけた。
それは恋人とするようなキスではなく、ペットが飼い主を慰めるようなキスだった。
だけど、かりんにとってそれは大きかった。
鞘師さんを諦める、なんて出来なくなってしまったのだ。
そこから、この三角関係は始まった。
―――――
「佳林ちゃんお疲れ」
新年から始まる恒例のコンサートのリハーサル。
Juice=Juiceとしてようやくメジャーデビューをしたかりんは、存分にこのリハーサルを楽しんでいた。
Juice=Juiceの宮本佳林としては。
「鞘師さん…お疲れ様です…」
やはりグループはグループ同士でいることが多く、かりんも鞘師さんもそれは変わらない。
だから、よく目にしてしまうのだ。
鞘師さんの隣にいる石田さんを。
二人は付き合ってる。
鞘師さん本人から聞いた。
それならどうしてかりんにあんなことをしたのかと聞いたことがある。
答えは『放っておけなかったから』だって。
それでもやめられなかった、鞘師さんを好きでいることを。
そんな理由でも、鞘師さんが側にいてくれるなら、良いと思えてしまうのだ。
「元気ない?」
「…別に、ないことないです」
かりんは鞘師さんにとって浮気なんだ。
鞘師さんが本当に付き合ってる相手である石田さんに嫉妬をするなんて、身分不相応。
ひたすら我慢。
この関係を続けるには、我慢しかない。
「…もしかして、妬いてる?」
それなのに、鞘師さんは触れてはいけないところに簡単に触れてくる。
酷い人。
とても、酷い人だと思う。
「…」
「ふはっ」
答えないでいると、鞘師さんは吹き出した。
なに笑ってるんだ、と睨む。
すると鞘師さんはかりんの頭を優しく撫でた。
「かわいい」
鞘師さんの手から伝わる優しさは、あの時の優しさに似ていた。
泣きそうになる。
グッと堪える。
「っ、鞘師さん!」
「おっ、お?」
そこに、やってきた。
石田さんがやってきた。
石田さんがかりんを撫でていた鞘師さんの手を掴む。
途端に優しさが伝わらなくなってしまった。
「いないと思ったら、ここにいたんですか」
「なに?亜佑美ちゃんも妬いてるの?」
ドキッとした。
そんな言い方、かりんも妬いていたと石田さんに教えるようなもの。
心臓が大きく脈打つ。
石田さんに鞘師さんとかりんの関係がバレてしまったら、この関係は終わってしまうんじゃないか。
かりんから、完全に鞘師さんを奪ってしまうんじゃないか。
次の言葉を、息を止めて待つ。
「…私もって、どういうことですか?」
ダメだ、と思った。
石田さんの視線がかりんに向けられる。
あまりにも攻撃的な視線に、体が震えだしそうになった時だった。
鞘師さんがかりんの前に立ち塞がる。
「なんでもないよ。あっち戻ろう」
有無を言わさないような受け答え。
かりんを、守ってくれた。
さっきと違う意味で心臓が大きく脈打つ。
「じゃあね」と軽く残して、鞘師さんは石田さんの手を取って歩き出した。
石田さんは、引き連れられながらかりんを見る。
攻撃的な目だった。
石田さんは気付いてるのかもしれない。
「……かりんだって、負けないもん」
そんな視線に立ち向かうように飛び出た言葉。
誰にも聞こえなかったはずのその言葉は、なぜだかしっかり石田さんに伝わってるような気がした。
遠ざかる二人を見送ってから、大きく深呼吸。
戦いは、始まったばかりなのだ。
end