・短編H・

□結婚前提姉妹
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ある日突然姉ができた。



姉だなんて思いたくないほどポンコツな姉が。



―――――



まず人見知り。
出会った日から二週間くらいはまともに話してくれなかった。
一日のほとんどの時間を一緒に過ごしてるというのにだ。
かりんが話しかけても一言二言で会話が終わるような返事しかしない。
そんな日が続いてたけど、二週間を過ぎた辺りから少しずつ話してくれるようになって。
その時は野良猫を手なづけた気分ですごく嬉しかったのに。

今では無駄にちょっかいを出してくる。



「佳林ちゃん見て」



「なに?」



「右肘左肘交互に見っ、いて!」



「…」



「右肘左ひっ」



「もう一回叩かれたい?」



「…ゴメンナサイ」



この人こんなんだったっけ?
おふざけとかあんまりしない人だったよね?
いつからこんな風になっちゃったの?



そして、困ったことによく転ける。



「里保ちゃん、ここ血出てるよ」



「あー、さっき転んだ時のだ」



「また転んだの?」



「え?今日はまだ一回目だよ?」



「毎日一回は転ぶのが前提って時点でおかしいから」



「佳林ちゃん痛い、治して」



「聞いてないし!もう!ばんそこでも貼っときなさい!」



「いたっ!乱暴!」



どうして現代に生きる普通の女子中学生が生傷が絶えない生活を送ってるのか。
心配するこっちの身にもなってほしい。
消毒してばんそこ貼ってあげてるだけでも感謝してほしいくらいなのに、もっと優しく貼れだのなんだのうるさいし。



更によく寝る。



「里保ちゃん起きてよ」



「…」



「遅刻するよ」



「ん…」



「里保ちゃん起こさないとかりんもご飯食べられないの!」



「んー…」



「はーやーく!」



「…ちゅー…」



「っ、ばか!!」



寝起きの里保ちゃんのほっぺには紅葉がついていることが多い。



極めつけに部屋を片付けられない。



「…里保ちゃん、片付けて」



「えー?あとでー」



「ここかりんの部屋でもあるんだから!」



「うちの部屋でもあるよ?」



「部屋汚いのと綺麗なのどっちが良いと思ってるの?」



「そりゃもちろん綺麗な方」



「じゃあ片しなさいよ」



「えー…じゃあ佳林ちゃんも手伝ってー」



「かりん汚してないもん」



「けちぃ…いだっ!」



「叩くよ?」



「もう叩いてるよ…?」



結局一人で片付けられないから、見かねたかりんが手伝ってあげるっていうオチ付き。
本当に信じられない。
プライバシーもなにもあったもんじゃない。






「酷いでしょ?唯一褒めてもいいかなってところは方言くらいだし」



「……それ…あかりに対する自慢なん…?」



「はぁ?」



放課後、里保ちゃんに対する愚痴を延々に同じクラスのうえむーに語っていると、そう言われて。
すごい嫌な顔をしながら首を横にぶんぶん振る。



「なに?これ羨ましいとか思うの?」



「だって…なんやかんやお互い好き好きやろ…?」



「べ、別にかりんは……確かに人見知りの時と比べていっぱい喋ってくれて嬉しいし、よく転んじゃうとこも本当に心配だけど抜けてる感じが可愛いし、寝ぼけて甘えてくるとこもすごい可愛いし、部屋片付けられなくて泣きついてくるとこもちょー可愛いけど…」



「うえむー、帰ろ」



「とも来るの遅いわぁ…」



「え?なに?なんで泣きそうなの?」



「佳林ちゃんがあかりの大好きな鞘師さんとのラブラブ自慢してくんねん…」



「…うえむーは私と鞘師さんどっちが好きなの?」



「へ?なに言ってるん?鞘師さんとともの好きは違う好きやろ?どっちとか決められないわ」



「…そっか、なら、いいけど」



……あれ。
いつのまにかやり返されてる?
いや、別にラブラブ自慢なんてしてるつもり全くなかったけど。
こんなの目の前で見せられたら、里保ちゃんが恋しくなるというか。



「じゃ、うちら帰るわ。鞘師さんによろしくなー」



「ばいばい」



「あ、うん…ばいばい…」



容赦なく帰られた。
里保ちゃんはまだ迎えに来ない。
早く来てくれないと一人で帰っちゃうぞ。



「ごめん、遅くなった」



ちょうどいいタイミング。
だけど拗ねてるように見せる。
拗ねてるかりんをなだめる時の里保ちゃんは、一生懸命で可愛いから。



「…」



「え、怒っとる?」



焦ってついつい出てしまったみたいな方言に、笑ってしまうのを耐える。
ほっぺを膨らませたりして。



「あー…ごめん…クラスの子と喋ってたら意外と時間経っちゃってて」



「…かりんよりクラスの子の方が大事なんだ」



その発言には本当に少し拗ねる。
かりんにうえむー以外の友達がいないこと知ってるくせに。



「や、そういうんじゃなくて…うん…ごめん…」



「……ばーか」



しょんぼりしちゃった里保ちゃんを見て、やりすぎたかもしれないと思い、椅子から立ち上がる。
そして里保ちゃんの正面に立って少し乱れてるマフラーを直してあげる。



「…ありがと」



「うん…」



なんだか照れくさくて、二人の間に少しの沈黙。
そこに急に扉の開く音。



「鞘師と宮本…ってすまん、今は二人とも鞘師だったな。まだ残ってたのか。早く帰れよー」



先生がそう残して去っていく。
そうだ、かりんは「鞘師」なんだ。
かりんのお母さんと里保ちゃんのお父さんが再婚してから半年。
まだ慣れない。

そして、かりんたちは。



「……姉妹、なんだね」



里保ちゃんと知り合えたのは再婚のおかげだけど。

だけど。



「あー、結婚はできないねぇ…」



転けそうになった。
どうして里保ちゃんはこういう時までボケるのか。



「女同士はもともと結婚できないから!」



「え?外国…」



「本気!?」



里保ちゃんが笑う。
呆れて声をあげてたかりんはため息。
なに考えてるんだか。
本気なのか冗談なのかイマイチわかんないし。



「まぁ、気持ちが繋がってれば充分じゃない?」



イマイチわかんないけど、そう言って微笑んだ里保ちゃんはいつもと違って格好良く見えて。
そうだね、と返そうとした瞬間、気付いた。



「っ、別にかりん里保ちゃんのこと好きじゃないし!」



「えー」



「昨日かりんに部屋の片付けやらせて自分は寝てたことまだ怒ってるんだからね!」



ぷいっと顔を背けて歩き出す。
カバンは持たない。
里保ちゃんが持ってくれる。



「ごーめーんー」



後ろから情けない声が聞こえてくる。
チラッと振り返ると、転けそうになっていて。



こんな情けない人、絶対にお姉ちゃんだなんて思ってあげないんだから。



そう心に決めて前を向く。
直後に誰かが転ける音がして、盛大に吹き出した。

誰か、なんて考えなくてもわかりきっていた。



end

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