・短編H・

□知らぬ間に罰ゲーム
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職員室を出て、すぐのところにその子はいた。



なぜか右手に、先に風船が着いた紐を持って。



―――――



「里保ちゃん、なにしてるの?」



すぐ帰るつもりだったけど、思わず声をかけてしまった。
だって、いつものように眠そうにしながら片手に風船を持って直立不動って変。
変すぎる。
そりゃ声もかけたくなる。



「あ、佳林ちゃんさんだ」



そんでもって声をかけたらふにゃって笑う。
無表情なことが多いのに、話しかけるとこういう笑い方をするんだから。
ずるいと思う。



「…ばいばい」



「えーっ!」



ずるい、という一心でその言葉を口にすると、抗議の声をあげられた。
なに、と視線で聞く。
ぐむっと口を一度閉じてから開き直す。



「なにしてるのって聞いたのに…」



拗ねたように口を尖らせてそう言ってくる。
子供みたい。
さっきよりちょっと近づく。



「答えるなら早く答えてよ」



パッと明るくなる表情。
ほら、ずるい。
立ち去りたくなる。

かりんは素直じゃないから。



「あのね、後輩にこれ持って待っててって言われたの」



「…罰ゲームみたい」



「いひひ」



嬉しそうに報告される。
後輩にそう言われたことが嬉しいんじゃなく、かりんがそれを訊いたことが嬉しいんだろう。
そんなことで嬉しそうにするなんて、ずるい。



「…じゃ」



「えーっ!」



本日二度目の抗議の声。
それがあがることをわかってて言ったんだけど。



「なに」



今度は声に出す。
言いにくそうに里保ちゃんが口をもごもごする。

そんな里保ちゃんを眺めながら思う。

職員室の前に一人で風船を持ちながら立っている生徒。
端から見たら完全に罰ゲームだ。
罰ゲームみたい、なんてもんじゃない。
だけど、かりんが横に立ったらどうだろう。
変は変だけど、罰ゲーム感は薄れるんじゃないか。



「えーっとですね…良かったらその…一緒に待ってたりとか…」



「いいよ」



「そうだよね…ごめ、えっ?」



「いいよって言ったの、聞こえなかった?」



そう答えながら里保ちゃんの横に並ぶ。
里保ちゃんは唖然としながらかりんを見てて、呆けた表情は普段あまり見られないもので、少し面白い。

かりんと里保ちゃんの間にある風船をちょんと指で弾く。
風船はかりんの指から里保ちゃんの額へ。
ぽんと軽く弾かれた里保ちゃんは前を向き直す。



「んひひ…」



里保ちゃんの口から零れた笑い声は、かりんに移った。
くすくす笑いが止まらない。
それにつられて里保ちゃんの変な笑い声も大きくなって、さらにそれにつられてかりんの笑い声も大きくなっていった。



数分後、大きくなりすぎた笑い声に職員室から先生が出てきてかりんたちを注意した。
そのあとすぐに里保ちゃんの後輩がやってきて、



『やすしすんの罰ゲームかんりょーなうー!』



と叫んでから、ようやくこれが本当に罰ゲームだったことを知ったかりんは、今度は風船で思いきり里保ちゃんの頭を叩いた。



end

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