・短編H・

□今日からメイド
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メイドさんのバイト始めました。



―――――



「えっと……ここ?」



目の前には大きいマンション。
てっきり、一戸建ての大豪邸が出てくるのかと思ってた。
ていうか部屋の番号聞いてないし。
仕方ないので事前に登録してあった雇い主の携帯番号に電話をかける。

やっぱりなんかおかしいと思う。
これやばいバイトなのかも。
『メイド』と『時給2000円』という字に惹かれて電話したら、名前と年齢を聞かれてはい合格って。
女の子の声だったし大丈夫かと思ったけど、明日13時にここ来てーって指定されて来たらこのマンションですよ。
思い返してみるとやばいにおいしかしない。

ていうか何コールしてると思ってるの!早く出なさいよ!



『…ほい』



聞こえてきたのは寝ぼけ声。
13時に来いって言ったのは自分なのに、まさか寝てたって言うの!?信じらんない!
って怒りはあったけど、相手は雇い主だ。
下手に下手に、と思いながら口を開く。



「あ、あの…部屋の番号聞いてないんですけど…」



『んー…ばんごー…?あーっと…わかんないな……とりあえず今は最上階にいる…エレベーターで上ってきて…エントランスのドアは開けとく…ふぁあ…じゃねー』



ぶちって聞こえて、つーつーと鳴る。
本格的に腹が立ってきた。
これ本当に大丈夫なわけ?
自分の部屋の番号もわからない人が?
電話中にも関わらず欠伸してたけど?

そんな怒りを胸の内に秘めながら中に入ってエレベーターに乗る。
最上階は20階だ。
上ってる間に、まず出会ったら怒ってやると心に決める。
20階についた。
ドアが開いて外に出る。
ここからどこに行けばいいんだ、と思った瞬間、近くに佇んでいた女の子と目が合った。
綺麗な女の子。
ちょっとキツそうだけど。
会釈すると、近づいてきた。
え、え、なんだ、と身構えると目の前まで来た女の子はにこっと笑った。

そう思って微笑み返したら、女の子が口を開いた。



「待ってたよ、嗣永さん」



ピキッ、てなった。
固まった。

え、この女の子が雇い主なの?

と思ったけど電話の声と同じだ。
怒るタイミングを逃した。



「これから、お願いします…」



精一杯絞り出した言葉はこんなものだった。



―――――



「えぇぇええ!?このマンション全部!?」



「うん」



想像以上のお金持ちだった。
この雇い主、夏焼さんはこのマンションで、このマンションの一部屋とかじゃなく、このマンション一つで一人暮らしをするらしい。
そして、一人で家事なんて出来ないと思ってバイトを募集したと。
あの時給の価格は、相場がわからなくてこのくらいで大丈夫かなーと思ってつけたとか。
もも以外のアルバイトも、結構いるらしい。

まとめると大金持ちのお嬢さんだ。



「家政婦さんも五人いるけどさー、なんか、新しい子欲しいなーと思って」



綺麗に微笑みソファーに寝転がる夏焼さん。
ももは固くなって座ってるだけ。
だって、ここまで世界が違う人と対峙したの初めてだ。



「も、ももでいいの…そんな大役…」



「うん。若いし、女の子だし、地味だし」



最後のでピキッとくる。
本日2度目のピキッだ。



「あのね!もものが年上なんだからね!」



「あたし雇い主だけど?」



負けた。
そうでした。
もものが立場が下なんでした。



「まぁ地味だけど面白そうでいいね。これだよこれ。新しいタイプ。たーのしっ」



夏焼さんがピョンっとソファーから起き上がる。
本当に楽しそうだ。
子供のような可愛い笑顔に免じて許してやろう。

なーんて雇われ側が上から目線で思った時だった。



「で、嗣永さん何が出来る?」



急に仕事な質問。
固まる。
あれ?もも、何ができる?
メイド的なこと、何ができる?



「嗣永さん?」



「…た、例えば…?」



嫌な予感しかしない中、頑張って口を開く。
いや、この嫌な予感は、完全に自分のせいなんですけど。



「ん?掃除とか?」



「掃除…は、あのー、ちょっと…苦手、かな…」



「あー、じゃ、洗濯は?」



「……あんまりしたことないかな…」



「……料理」



「み、緑の焼きそばなら…」



いたーい沈黙数分間。
変な汗をかくもも。
夏焼さんの顔が見れません。



「あのさぁ…」



ソファーから立ち上がる音。
そして足音。
ももの前で止まる。
恐る恐る顔をあげる。



「お前何しにきたぁあああ!!」



両側のこめかみをグーでぐりぐりされる。
結構な力。
容赦?なにそれおいしいの?みたいな。



「いだだだ!!痛い!痛いって!!」



「文句言う資格ある!?」



「いや!待って!ちょっとタイム!」



一応動きを止めてくれた。
はぁはぁ、とお互い肩で息をしながらステイ。



「なに…なにか出来ることでも思い出したんでしょうね」



「……えー…うー…あー……あっ!勉強は!?ももこれでも立派な大学生だよ!?」



見つめ合ったまままた沈黙。
だめかな、やっぱだめだったのかな、そう思いながらぐりぐり攻撃に備えてると、だんだんと様子がおかしくなってきたことに気付く。



「え、うん、あー…勉強…勉強、ね…」



ソファーに戻って座り込む。
目が泳いでる。
変な汗も出てる。
もしかして、と口を開く。



「29+38は?」



「えっ?あ、えと、あー、んー…えっと……よん…や、ご…?ごじゅー…うん…?」



「……勉強、教えるってことでいい?」



形勢逆転とでもいうのか。
頭を抱える夏焼さんに、にやにやしながらそれを見るもも。
頭を抱えたまま黙ってた夏焼さんだったけど、数分後、観念したようにがっくりしながら頷いた。
ももはなんとか職を手にしたようだ。



「まぁ…お手柔らかに頼むよ…」



心の中でガッツポーズしてるところに聞こえてきた言葉に夏焼さんを見る。

浮かべられてた笑顔は、なんだかときめいてしまうくらい柔らかいもので。

見とれるように黙っていると、その笑顔をしまってさっきの子供のような笑顔に戻りながら夏焼さんが口を開く。



「これから楽しみだ」



ここに来た時はあんなに色々と疑ってたのに関わらず、思わず「ももも楽しみ」なんて言いそうになってしまってる自分に驚く。
それに気づかずに夏焼さんはずっと楽しそうに笑ってて。



これからももの新しい生活が始まるんだ、と自然に思わされた。



end

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