・短編H・

□肩と鼻
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屋上でだけの関係、とでも言うのか。

名前なんて知らない。
学年だって知らない。
屋上以外の場所では話さないし、目だって合わせない。
屋上でだって必要以上に近づかない。
触れる近さにいたことはないし、もちろん触れたことだってない。
興味なんて全くないんだ。

表面上では。



―――――



出会ったのはあたしが一年の時。
開かないはずの屋上の扉に鍵がささっていて、開けたら誰もいなくて、先生の忘れ物かと思ってそのまま盗んだ。
いいサボり場所になると思ったのだ。

あたしはよく屋上で過ごすようになった。
そしてたまに変な遊びをした。
鍵を閉めるのをわざと忘れるのだ。
誰か入ってこないかな、とわくわくしながら。
だけど正直誰かが来るとは思っていなかった。
あたしがこの鍵を見つけた時のように鍵が扉にささっているわけでもないのだから。

と、思ってたのにだ。



「あれ?開いちゃった!」



本当に入ってきたのがアイツだった。
見るからに真面目そうで、誰が見ても美人だと言い表しそうな人。
入り口の正面のフェンスに寄りかかって座ってたあたしと目が合って、お互い口を開けてポカーンとして。
しばらくの沈黙が続いて、こういう時なんて言おうかなんて全く考えていなかったなと思って。
そしたらアイツが口を開いたのだ。



「こ、壊しちゃったかな…?」



思わず笑ってしまった。
なんていうか、いや、なんていうかというか。
それはないでしょ、と思ってだったか。
よくわからないけど、とにかく面白かったのだ。



―――――



それから屋上の鍵はいつも開けとくようになった。
あたしが先にいたり、アイツが先にいたり。
あたしが一年の時はアイツが授業中にいることはまったくなかったけど、二年になってから結構いるようになった。
そこでだいたい学年は想像ついた。
なにも言わなかったけど。

あたしたちはくだらない話をよくした。
あの先生は猿に似てるだとか、あの先生の怒鳴り声はまったく怖くないだとか、友達が今時水の入ったバケツを持たされて廊下に立たされたとか。
なにが楽しかったのかわかんないくらいくだらない話。
それでもなんだか楽しかった。

そして、2年続いたそんな生活は、終わりを迎えようとしていた。



「舞美、卒業すんだって?」



今日はアイツが先にいて、いつもと違って制服の胸のあたりに花がついていて。
いつものように人三人分くらいの距離をとって隣を陣取る。
目を見ないままそう言ったら、なにも返ってこなかった。



「聞いてる?」



アイツの方を向いてそう聞く。
アイツは驚いたような顔をしていたけど、ようやくゆっくり口を開いた。



「なんで知ってるの…?」



胸にそんなわかりやすいもの付けてなに言ってるんだと思った。
とんでもないバカなんじゃないかと。



「それ」



胸を指差す。
あたしの指を先を目で追って、それを映したアイツは、ぶんぶんと首を横に振りだした。



「そうじゃない!」



「はぁ?」



「名前!」



そこでようやく、バカは自分だったことに気付かされる。

なんで知ってるかなんて言えない。
言えるわけない。
わざわざ生徒名簿を見て、調べたなんて。

なにか良い言い訳がないかと口をパクパクさせていた時だった。



「みや」



「っ、え?」



「あたしも、みやって呼んでいい?」



なんで知ってんの、とは聞かなかった。
だって聞いたら、あたしも答えなきゃいけない。
頷く代わりに二人の距離を人二人分に縮めた。



「そう、卒業するの」



話が元に戻ったみたい。
ふーんと答えると、寂しい?と聞かれて、別にと答えると、やっぱりって言われた。
これからは屋上の鍵はしっかり閉めて、あたしは変わらず出入りして、中学の時のように一人で時間を潰す。
ただ、喉を休める機会が増えるだけ。

寂しいわけない、と思いながらあたしたちの距離は人一人分の距離になる。

このままくっついて、初めてあたしと舞美が触れあってしまったら、爆発してしまうんじゃないかと思った。
原因不明の爆発が起きて、これから屋上は立ち入り禁止。
舞美は卒業前にこってり叱られて、あたしは屋上の鍵を没収されて違うサボり場所を探す。
そしたらあたしたちの繋がりなんかは消えてなくなってしまって、きっと町中で偶然に出会っても見向きもしないんだ。



「寒いね」



「…冬だから」



「もう春になるよ」



ほかほかした舞美の笑顔。
こいつ、もしかして暖房として使えるんじゃないか。
見てるとちょっと、心があったまる。
あ、舞美が暖房ってことは、あたしがガスで、だから爆発?
なんてバカなことを考えて黙り込む。
舞美がまた口を開く。



「春になったら、新入生も来るよ」



「…寂しくないってば」



あたしの代わりに、という言葉が聞こえてきたような気がした。
きっと口には出してなかったはずだけど、もしかしたら出してたんじゃないかと疑うくらいはっきりと。



「それなら良いけど」



「自意識カジョー」



気付けば二人の距離は、肩が触れるか触れないかギリギリなところになっていた。
ドキドキ。
これ、触れたら爆発だ。
そう思って、触れそうなところにすごく集中。



「みや、眠いの?」



「…ん?」



「口数少ない」



「…そーゆーことにしといて」



こちとら爆発との戦いだ。
おしゃべりなんかしてる暇ないのだ。
どうしてこんな時にのんびりとした発言なんかしてるのだ舞美は。

まったく、と思った時だった。

あれ、今の言い方ってもしかして「寂しくてあんまり話せないけど、その理由は恥ずかしいから眠いってことにしといて」みたいにとることできるよね。



「違うから!」



堪らず大声を出す。
いきなりな大声に、舞美はビクッとした。
肩はギリギリ触れなかった。
危なかった。



「え、なにが…?」



「寂しいとかじゃないから!」



「あ、うん」



微笑ましいと言わんばかりの顔をされた。
これなに言っても無駄だ。
さっきの自分を叱りつけたい気分。
だけど八つ当たりで舞美を睨みつける。



「鼻水出てるよ」



さっきと変わらない表情でそう言ってくる。
急いで鼻に手を伸ばす。
湿った気配はない。
舞美はたまに、意味わかんない冗談を言う。



「…出てないっつの」



さっきよりキツく睨んでやる。
でも舞美に堪えた様子はまったくない。
ほかほか笑ってるだけ。



舞美から目を離す。



数十秒の沈黙の後、あたしは舞美の肩に出てない鼻水を拭くように鼻を擦り付けた。
舞美はまたほかほか笑った。



もちろん爆発なんてしなかった。



end

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