・短編I・

□ヒーローとヒロイン
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あたしの幼馴染みはヒーローだ。

『ヤジマン』という名前らしい。
あいつがそう言ってた。
正直バカらしいと思う。
とんでもなくバカだと思う。

でも、そいつがいつもピンチの時にやってくるのは事実だった。

最初は小学生の時だったか。
気が強いあたしは周囲に反発を買っていた。
普段はあまり表面上に出ていなかったが、定期的にそれは爆発していた。

靴を隠されたのが最初。
あたしは誰にも助けを求めなかった。
プライドが邪魔をした。
でも、その時に出てきたのがヤジマン。

『…舞美、なにしてんの』

『私はヤジマンだ』

『手伝わなくていいし』

『ヒーローは、みんなの味方なのだ』

あの、良い笑顔を浮かべてるんだろうな。
そう思ったら、なんか助けを断りきれなかった。
結局その時は見つからなかったのだけど。
そういうところ、むしろあいつらしいと思う。

中学の時、体育倉庫に閉じ込められたこともあった。
朝になれば誰かしら来るだろう、そう思って大人しくしていた。
二時間もしないうちにあいつが来た。

『…舞美、またそれ…』

『私はヤジマンだ』

『……なんでここわかったの』

『ヒーローは困ってる人がいるところにっ…あ!扉閉まっちゃった!!え、あ、これ、もしかして…』

朝まで二人で待った。
親や先生にすごく心配されたけど、あいつがいたからあたしは大丈夫だった。
むしろ、安心していた。



そして高校生の今。
ぐれたとかそういうんじゃなくて、いや、周囲から見ればそうなんだけど、とりあえずあたしの本質は喧嘩っぱやいとこなんだと思う。
そして喧嘩の後の爽快感が好きだった。
一対一から一対大人数まで。
だけど限度がある。
まぁまぁ強いとは思うけど、そこまでじゃない。
相手が大人数なのは好きだけど、勝てるかどうかと言われれば、まぁ難しい。

実際、今はボロボロだ。
でも自分がボロボロになればなるほど、あたしは口許の緩みを抑えられなくなる。

「なんだこいつ…笑ってんぞきもちわりぃ…」

相手にそう言われるくらい。
くつくつ笑いが沸き起こる。

あたしは、一対一や一対大人数が好きだけど。
何よりあいつと背中合わせの喧嘩が好きみたいで。

「あはっ…来るよ…もうすぐ…来ちゃうよ…!」

何があっても来るってわかってる。
あいつは正義の味方なんかじゃない。

ただの。



「ヤジマン参上!」



あたしの味方だ。

「今日、遅かったじゃん」

あたしを取り囲んでいた三人を吹っ飛ばして近づいてきた舞美の背中に背中を合わせながらそう言う。
むすっとしてる空気は感じ取れる。
舞美は武道家だから、喧嘩とか好きじゃないんだろうし、何よりあたしがボロボロになるのが嫌いらしい。
そんなこと構わないであたしはあたしのしたいようにしてるわけだけど。

「…喧嘩、しちゃだめだよ」

何回目の台詞なんだろう。
にやける。

「じゃ、とっとと片付けちゃおうよ」

そう言って目の前にいた奴を殴り付けた。

あたし一人じゃ最強には程遠い。
別に最強を目指してるわけでもないし。
でも、舞美とあたしって、最強だと思う。
誰かにバカだと言われても、それは言い切ってみせよう。
だって、舞美を側に感じてるあたしは、こんなにも強い。

「みや!あんまり怪我させちゃだめだよ!」

「はいはい」

そんな喧嘩のし方は知らないから、やる気のない返事だけ。
舞美は合気道だか柔道だか剣道だか弓道だか、色んな武道に手をつけてるから怪我させたくないんだって。
よくわかんないけど。
でもそれで強いんだからすごい。
そんでもって、楽しい。

「舞美!楽しいね!」

これは振りってやつですよ。
なんて返ってくるか知ってる。
何回もしてるやりとり。

「っ、私は!」

あたしは、この台詞が大好きなんだ。

「ヤジマンだ!」

バカで、強くて、優しくて。
そんなヤジマンに恋してる。
バカらしいと思うでしょ?

でも、ヒーローの姿に恋したら、元の人にも恋するのがセオリーだと思うんだ。
だから決めてる。
この何回目かわかんないくらいの共闘の後、あたしはヤジマンの袋を取る。

『いつもあたしを助けてくれてたのはあなただったのね』

そんなわざとらしい台詞もつけてあげよう。
舞美は呆気にとられるだろう。
バレてないとはさすがに思ってないだろうけど、こんな行動を取るとは思ってないはず。

そして絶対、舞美は照れたように笑う。



そこにあたしはすかさずキスを送ろう。



舞美が驚いて袋を破るところまでは想像がついている。



end

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