・短編I・

□鞘師さんのポンコツな一日
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起きたら誰もいなかった。



「おぉ…13時か…」

誰もいないはずだ。
昨日、みんな10時に起きて買い物に行くとか言ってたし。
うちも起きる予定だったんだけど。

「寝過ごしてしまったものは仕方ない」

ぐっと伸びて、もう一度倒れる。
まだ寝れそう。
と思ったところでお腹から非難の声。
よっこらせ、と立ち上がる。
布団はあとで畳もう。
とりあえずご飯だ。

「さすが香音ちゃん」

リビングに入ると、チャーハンが作ってあった。
朝からかよ、と思ったけどもう昼だった。
冷房をつけて、定位置に座る。
チンしなきゃ。
立ち上がってチャーハンを電子レンジにイン。
定位置に座る。
ボーッとしてるうちに電子レンジが鳴く。
鳴くと言えば蝉だ。
外で思いっきり叫んでいる蝉たちは、なんだか気持ち良さそうだ。
うちも叫ぼうかな、なんて思いながらチャーハンを取り出そうと手を伸ばす。
あちっ、と手を引っ込める。
鍋手袋をつけて再挑戦。
文明の機器だ。
…あれ、利器だったっけ。
まぁいいや。
無事に取り出して定位置に座る。
飲み物忘れてた。
立ち上がって冷蔵庫。
水、麦茶、牛乳。
誰かサイダー買ってきてくれるかな、なんて思いながら麦茶を取り出す。
定位置に座る
ラップを外してぱくり。
美味しい。
ぱくり、もぐもぐ、ごくん。
続けること15分。
誰とも話さない食事はすぐに終わる。

テレビでもつければよかった。
食べ終わったあとに気づいたことは、なんとなく乗り気にならない。
おもむろにスマホを取り出して、フクちゃんに『サイダー買ってきて』とだけメッセージを送った。

「なんか、起きてしまった…」

やることもないし寝ようと思ったんだけど。
しばらく寝れそうにないくらい目がぱっちりしてる。
ぱっちり奥二重。
誰がしじみだ。

スマホが鳴る。
フクちゃんだ。
『おそよ〜。帰るのまだ時間かかるからいいこで待っててね』

お。
ピンときた。
『いいこ』の部分にピンと。
大きくも小さくもない身体がうずうず疼く。
ひゃっっほーい、と駆け出す。
広くも狭くもない部屋では、走れるけどすぐに飽きてしまった。



―――――



「まずは料理をしよう」

時間がかかりそうだし。
カレーは味が染み込んだ方が美味しいし。
カレーくらい作れるだろうし。
お肉、たまねぎ、じゃがいも、にんじん、ルー。
揃ってる。
これは確実に神様がうちにカレーを作れと言っている。

「よし、レシピだ」

スマホを取り出す。
あ、フクちゃんに返事してない。
いいこに待ってるよ、と。
さてさて、レシピサイトへ。
えーっと、とりあえず野菜を切ればいいんだな。
いや、皮を剥くのか。
皮剥き器は……どこだ。
料理担当は香音ちゃんだから、そういえばあんまりキッチンを使ったことなかった。

「うーん……ない…」

ないなら仕方ない。
包丁はあるし。
皮剥き器ができる前はみんな包丁で皮を剥いてただろうし。
まずはにんじん。

「…お……おぉっ…あっ……いっ!」

人差し指を切った。
傷は浅い。
ちょっと不注意だった。
バンソコを貼って再挑戦。

「よっ……ほっ……よし!」

任務完了!
さてこの調子で次はたまねぎだ。
これは手で剥けそうだな。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。
気持ち良い。
楽しいこれ。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。
ぺろん、ぺろん、ぺろん。

「ど、どこまでも剥けるぞ…!?」

とりあえずやめた。
このくらい剥けば大丈夫だろう。
めちゃくちゃちっちゃくなったとかそんなはずない。
にんにくみたいとかそんなことない。

よし、最後はじゃがいも。
丸くて皮剥きにくそうだし気を付けなくty…

「いだぁぁああ!!!」

深い。
これは深手を負った。
中指から血が止まらない。
くっついてる?くっついてるかな?
見るの怖い。
ちょ、と、とりあえずバンソコ貼っておこう。
二枚、いや三枚くらい…よし。

「……料理はちょっとあとにしよう」

ドクドクいってる中指を気遣いながらキッチンを離れる。
薬箱にテーピングがあったからそれもしといた。
中指はとりあえず落ち着いたような気がする。

「そ、掃除をしよう!」

掃除なら怪我しないし。
えりぽんができるならうちだってできるはず。
クイックル!クイックルしよう!

「えっと…ワックス…ワックスだよね…すごい綺麗になるやつ…」

棒にワックス装着。
自分の身体の前に滑らせる。
すいすい。
輝いてる。
床が輝いてる!
これは絶対綺麗になる。
部屋一面ワックスをかける。
簡単だ。
ちょっと臭い気がするけど大丈夫だろう。
掃除終わり。
楽勝だった。

この調子で次は洗濯だ。
そうだ、布団を干そう。
寝室に戻る。
良い日差しが入ってきてる。
ちょっと休憩。
布団に寝転がる。

みんなの分の布団ちゃんと干したら、フクちゃん喜んでくれるかな。
んひひ。
お礼におっp……いや、フクちゃんのフクちゃんを触らせてくれたり…ぐふふ…柔らかい肌を堪能したいな……ひひ……フクちゃん………






「里保ちゃん!!」

「うわあっ!!」

「里保!?生きとー!?」

「えっ、な、なにっ」

「りっ、里保ちゃぁぁんっ…!」

「フクちゃん!?なんで泣いてっ…え!?」

ど、どうしたんだ。
なにが起きてる。
みんな血相変えてうちの名前呼んで、フクちゃんなんて泣いてる。
うち今までなにしてたっけ?

「……あ、家事!」

「え!火事!?」

「そう!そうだ!料理中途半端だ!掃除はできたけど…あ、布団干そうと思って寝ちゃったんだ…」

「……へ?」

えへへ。
頭をポリポリ。
時計を見ると、針は4時を指している。
またとても寝てたようだ。

「里保ちゃんもしかして……あのキッチンの血は?」

「あ、血流すの忘れてた…」

「里保、この変な臭いは?」

「これはワックス!うちがやったんだよ!」

あれ。
みんなどうしたんだろ。
ため息ついちゃって。
褒めてくれないのかな?

「里保ちゃんのばか!」

「えぇっ」

「連絡つかないし!帰ったら変な臭いするし!キッチン血だらけだし!死んだように眠ってるし!すっごい心配したんだから!」

…うん?

「ばか!ばか!ばか!」

抱き締められる。
ちょっとどうしてみんながこんな反応なのか、よくわからないけど。
フクちゃんはまだ涙目だし、えりぽんは頭抱えてるし、香音ちゃんはため息ついてるけど。

フクちゃんにぎゅっと抱き締められて。

あの、フクちゃんのフクちゃんが。

顔にぎゅーって。

ひひ。

そう、そういうことだから。

なんか褒められなかったけど。

人差し指と中指の痛み思い出したけど。



鞘師里保、なんだか今日は上手くいったんだと思います。



end

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