・短編I・
□大人の心配
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「りほりほー、明日デートしよっ」
「うぇっ…あ、明日は……すみません!」
こ、断られた…。
―――――
それは昨日の夜のこと。
たまには平日に、と誘ってみたらこの結果。
つらい。
正直かなりつらい。
「でも部活だもんね…仕方ないよね…」
仕事が終わった保健室。
いつも部活がない金曜日にと誘ったんだけど、たまたま今日はあるらしく。
しかも学校のではなく近くの地域の体育館でやるから待ってたりもできないらしく。
それなら仕方ないと諦めたのだ。
この子が真面目なのは知っているし、大好きなダンスのことは邪魔したくない。
たとえ珍しくとてもはやく仕事が終わったとしても、だ。
「とっとと帰ろ…」
職員室に向かう。
ちょっとした身支度と挨拶だけして、出ようと思った時だった。
「あれぇ?道重せんせー珍しくお仕事はやいですねぇ」
少し舌ったらずで甘い声。
聞き慣れた声。
高校から一緒で、就職先まで一緒の親友だ。
「亀井せんせーこそもうお帰りですか?」
学校ではしっかり先生呼び。
そして敬語。
最初は慣れなかったけど、なんだかだんだんこういう設定で話してる、みたいな感じがして二人とも楽しむようになった。
顔を見合わせてくすくす笑う。
「いっしょ帰ろ〜」
絵里がそう言う。
もちろん、と頷いてから違和感。
それはそれは大きな違和感。
「亀井せんせー、ダンス部は?」
そう、絵里はダンス部顧問。
つまり、ダンス部があるなら絵里も残っていなきゃいけないはず。
しかも今日は校内じゃないんだからなおさらだ。
すると絵里は、当たり前のようにさらっと言い放った。
「金曜日はいつも休みだよ?」
「きょ、今日は特別に校外で練習があるんじゃないの…?」
「絵里は知らないけど…」
なんてこった。
絵里が知らないってことは、ダンス部はないということだ。
りほりほが、さゆみに嘘をついたってことだ。
今までそんなことがあっただろうか。
自分の体調や弱さを誤魔化すことはあっても、こういうことはなかった。
急に息苦しくなる。
わからない、なにもわからない。
「さゆ?顔色悪いよ?」
「うん…帰ろ…」
とにかく、今は何を考えても始まらない。
帰って話を聞くしかない。
意外と簡単なすれ違いだったりするだろう。
深く考えることはない。
大丈夫。
「ふーん…そういえば里保ちゃん、今日は久しぶりにあゆみんに会うんだってねぇ」
「……えっ?」
「嬉しそうに報告してきたよぉ」
だめだ。
さゆみ、もうだめだ。
目の前みえない。
「さゆ?あ、ちょっ」
「ごめん…車で送って…」
「お、おう…」
涙がポロポロと止まらない。
大人なのに、みっともない。
でも、不安でしょうがないのだ。
なんてったって、あの子はさゆみにとって大事すぎる存在で。
あの子はまだ若くて。
心変わりを止める術を、さゆみは知らない。
―――――
「ただいま、です」
帰ってきた。
それだけで泣きそうになる。
このまま帰ってこなかったらどうしようかと、このまま亜佑美ちゃんのところに行ってしまったらどうしようかとちょうど考えていたところだったから。
「お、おかえり」
なるべく不自然にならないように。
言う努力はした。
でもだめだった。
顔を見た瞬間、さゆみの体は言うことをきかなくなった。
「っ、み、みっしげさん…!?」
りほりほに駆け寄り、抱き締める。
小さな体を抱き締める。
いや、小さな体だと思っていただけだった。
思ったより小さくない体に、不安はまた募る。
「どうしたんですか…?」
さゆみがりほりほの顔が見えないように、りほりほもさゆみの顔が見えないんだろう。
何が起こってるのかわからない、と言いたげな声。
それでも手はポンポンと背中を叩いてくれる。
この優しさだけで、さゆみは単純ながら少し勇気が出た。
「きょ、今日…」
「…は、はい」
「誰とっ…!」
「っ、みっしげさん泣いてます!?」
情けない。
声が出なくなってしまった。
そのせいでりほりほに異変に気づかれ、顔を思いっきり見られる。
まだ我慢できてた涙も、りほりほの顔を見たら流れてしまって。
「り、ほりほっ…!行かないでよっ…!」
「へっ!?ど、どこに!?」
「あ、あ、あゆみぢゃっ…とこっ…!」
言ってしまった。
大人げないこと、言ってしまった。
呆れられてしまう。
「あぁぁ…なんで知ってるんですか……亀井先生ですか…」
否定しないってことは、本当だったんだ。
嫌だ、嫌だ。
でも、さゆみは――
「ちょっとはやいですけど…バレちゃったなら仕方ないです」
「……へっ?」
鞄をがさごそ漁って、なにかを取り出す。
「ネックレスとか、大人はどういうの好きなのかわからなくて…亜佑美ちゃんならちょっとわかるかなって…」
「これって…あの…」
「誕生日、おめでとうございます」
……あぁ、さゆみはばかだ。
なんでこんなばかなんだ。
かわいいかわいい恋人を信じてあげられないなんて。
「ごめっ…ごめんんん…!」
「な、なんでまた泣くんですか!」
「うれしいっ…けど…亜佑美ちゃんと二人でどっか行かないでぇ…!」
「…もしかして疑ってました?」
「ごめんんん…!」
泣き止めないけど、それは確実にさっきとは違う涙だった。
嬉しくて、りほりほが呆れた笑いをしてても構わなかった。
大きくなった体が急に頼もしく見えて。
道重さゆみ、りほりほの高校卒業まで、まだまだ頑張れそうです。
end