・短編I・

□初愛
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「鞘師さんっ…!鞘師さんっ…!」

行為中、何度も呼ばれる名前。
必死で何も見えてないような声音で。
こっちの声を封じてるのに、応えてほしいような声音で。

それがなんとも心地良いと思う。


この子は

脆くて

痛々しくて

綺麗だ。



―――――



「すみません…」

そう言って、どぅーはうちの手を封じ、口を塞いでたガムテープを取る。
うちはなんにも言わず、手の具合を確かめ、口の周りを拭った。

「すみません…」

小さな声で繰り返す。
さっきとはまったく違う声音。
謝るくらいならやらなければいいのに。
めんどくさい。

「ん」

それだけ言って、寝転がる。
全身の力を抜いて深呼吸。
少しの解放感に満足。

だけど、どぅーの視線にため息。

「…なに?」

「いや…」

なにか言いたそうな。
だけど怯えてるような。
なにに怯えてるのかはわからないけど。
もちろんうちに対してではないことはわかる。

「言いたいことあるなら言えばいい」

そう言ってもどぅーの口は動きそうにない。
呆れて反対方向を向く。
このまま寝てしまうのも良い。

と、思ったのに。

「…手、貸してください」

小さな声。
聞こえない振りもできる。
実際、うちは聞こえない振りを選んだ。

「っ!」

その選択は間違いだったみたいだ。
行為中のような強引さで、どぅーに腕を取られ方向を変えさせられる。
非難の視線を向けるけど、気づいていない。

「痛かったっすよね…」

跡のついてる手首を指でなぞり、唇を落としていくどぅー。
優しさがうちの体の中に伝わっていく。

こういうのが、愛されてるって言うんだろうか。



「…なんてね」

バカげてる。
うちを愛してくれる人がどこにいるんだろうか。
この子だっていつかはうちを忘れる。
若気の至りだったと気づく。

愛なんて、知らない。

「っ、鞘師さん…?」

「ねぇ、そんなことしてないで、もっと傷つけてよ」

「なっ…」

「必死でしないとうちの中にどぅーは残らないよ?」

挑発的な笑み。
どぅーの顔が泣きそうに歪んでる。
それでいい。
もっと惹かれ、もっと歪め。

「っ、くそっ…!」

何に悪態をついてるのかわからない。
何に涙を流してるのかわからない。

だけどいいんだ。

もっと壊して。



なにも感じなくなるくらい。



その方がうちは幸せだから。



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