・短編I・

□おかしさの原因
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「梨沙子って美味しそうだね!」



悪い気はしなかった。



―――――



「あ、梨沙子!愛理は?」

放課後、いつものようにあたしたちの教室に飛び込んで来たこの人は、いつものようににこにこ顔でそう聞いてきた。
視線だけを向けて口だけを億劫そうに動かすかわいくないあたし。

「先生に呼ばれて職員室行った」

「そっか!生徒会のことかなぁ?」

「さぁ」

そんなあたしを咎めることなく、舞美ちゃんは教室の中にすたすたと入ってきてあたしの前の席に座る。
ちらほら残ってるクラスメイトがちらちらとこっちを見てるのがわかる。

「…ここで待つの?」

「うん!」

「そうですか…」

非難の声をあげたつもりなんだけど。
この人にはまったく効果なし。
自分が下級生に人気あることなんて特に気にしてもないんだろう。
機嫌悪くなるのは愛理だよ。

…なんて言ってるあたしは、嬉しかったりする。

クラスメイトの羨望の眼差し、とかそういうのじゃなくて。
そういうのはあたしもどうでもいいタイプだ。
そうじゃなくて。
この時間は、あたしは愛理のついでじゃないから。

「梨沙子って雪みたいだよね」

「へ?」

こんな急な発言も。

「白くて、ふわふわしてる」

「別にふわふわとかしてないけど…」

「外行く?」

突拍子のない提案も。

「なんでよ…」

「溶けたりするのかなぁって」

「しないよ」

「知ってる」

たまに見せるお茶目な笑顔も。

「パンにも似てるよね!」

「あたし舞美にとってなんなの?」

「クロワッサン系!」

「聞いてる?」

含みのある顔も。

「美味しそうって言いたいの」

その、穏やかな微笑みも。



全部、あたしに向けられてる時間。



「…それ、こないだも言ってたよね」

あの時も、この時間だった。
なにが言いたいのかわからない。
どういう意味を含んでるのかわからない。

「うん!梨沙子見るといつも思うもん」

無邪気な言葉なのか。
違う意味を持ってるのか。
こんなことを考えてるあたしの方がおかしいのか。

「…それって、どういう意味?」

こうやって聞いてしまうのも、おかしいんだろうか。
それに対する舞美ちゃんの反応を、ずっと見てるのも。

この人といるとおかしくなるのは、あたしがいけないの?

それとも。

「あっ!舞美ちゃん!お待たせ!」

「おかえり愛理ー!」

タイミング悪く帰ってくる愛理。
気づかれないようにため息をつく。

「りーちゃんいつも舞美ちゃんの相手してくれててありがと!」

「ううん、楽しいよ。舞美ちゃん面白いし」

「えー…面白いかなぁ?」

いつも通り。
なにも変わらない。
三人の時は、おかしくなったりしない。

「あたしたち帰るけど、りーちゃんは?」

「あたし少し残る」

「わかった、じゃあね!」

少しの罪悪感を持ちながら手を振る。
やっぱりおかしいのはあたし。
愛理の幸せの邪魔なんてしたくない。
今度から二人になっても、おかしくならないよう意識しよう。
少しの意識で変わるはず。
そのくらい小さな違和感のはず。

「舞美ちゃんもばいばい」

愛理がドア近くまで行ってるのに、動いてない舞美ちゃんに声をかける。
たまにボーッとすることあるんだから。

なんて思って笑った時だった。



「食べたいって、どういう意味だと思う?」



舞美ちゃんが耳元に口を寄せて、そう言った。
あたしの時間がすべて止まった気がした。

顔を離して、舞美ちゃんはにっこり笑う。

「じゃあね!」

止まった時間はゆっくり進み始める。
それにつれて、あたしの心臓が大きく脈打つ。
慌てて机にうつ伏せる。

更に、赤い顔を手で覆う。



おかしいのは、やっぱり。



end

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