・短編I・

□未来進行形の恋
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「熊井ちゃーん!」



名前を呼びながら、ドキドキしてた。



―――――



「あれ?髪の毛!」

振り向いた熊井ちゃんは、すぐにまあの異変に気づいたようだった。
目を見開いて固まってる。

「バッサリ切っちゃった」

「えぇぇ!あんなに長かったのにぃ」

軽く答えるまあに、残念そうな熊井ちゃん。
その反応は少しうれしい反面、ちょっと不安。

「似合わないかな?」

「ううん!似合う!似合うよ!でも見慣れない!」

すぐに否定され一安心。
見慣れないのはそうだよ。
まあだって見慣れない。

でも、すごく軽くなった。

「なんで急に切ったの?そんなバッサリ!」

みんなに聞かれたけど誰にも言わなかった理由。
微笑みながら曖昧に答える。

「んー、気分転換?っていうか決心?」

「どういうこと?」

「いやいや、まぁ、とりあえず熊井ちゃんこの後暇?」

答えるのにはまだ早い。
もう少しあとで。

「え?5限と6限あるよ?」

「知ってるよ!まあもあるし!放課後!」

「あぁ!うん!暇!」

熊井ちゃんの天然に笑いながら、安心する。
今のところ計画通り。

「じゃあちょっとお出掛けしようよ」

「うん!どこ行く?」

「まあに任せて!」

「え、教えてくれないの?」

「まーかーせーて」

これ以上詮索されないように、熊井ちゃんの向きをくるっと変えさせて押し出す。
キョトンとしてる熊井ちゃんを後ろから押しながら、まあは大きく深呼吸した。

結局熊井ちゃんはこれ以上詮索してくることなく授業へ向かった。



―――――



「わー!懐かしい!」

予想以上にはしゃいでる熊井ちゃんに、思わず笑みがこぼれる。
連れてきたのは、まあたちが初めて出会った場所。
つまり、まあが熊井ちゃんを好きになった場所だった。

「うちら初めて会ったとこだよね?」

満面の笑みを浮かべながら振り返った熊井ちゃんはすごくキラキラしていた。
そして、熊井ちゃんの後ろに見える海によってさらに輝いているように見えた。
そんな熊井ちゃんに見惚れながら頷く。

去年の夏。
ここでまあたちは出会った。
海の家でアルバイトをしてた熊井ちゃんと、遊びに来てたまあ。
一目惚れだった。
勇気を出して話しかけて、運良く話が合って、しかもさらに運良く高校が同じだってことを知って。
熊井ちゃんの方が年下だけどそれを感じないくらい親しくなって。

でも、それ以上は勇気が出なくて。

まあの恋はなぁなぁになったまま一年が過ぎた。
このままじゃいけないと思いながら勇気が出なかったのは、本当にこの関係が心地よかったから。
壊したくないと、心の底から思った。

けれど、逃げてばっかりじゃいけない。
もうすぐ18歳の誕生日。
一区切りにするにはちょうど良いんじゃないか。

もう逃げるのはやめよう。

そう決心して、まあは髪をばっさりと切った。



「なんで急に来ようと思ったの?」

潮風になびく髪を抑えながら、熊井ちゃんはそう聞いてくる。
まあの心臓の音が少し大きくなった。

「うん…熊井ちゃんに、言いたいことがあってさ」

まあの髪はなびかない。
いや、なびいてるんだろうけど、それをあまり感じない。

「言いたいこと?」

「ずっと言いたかったこと」

耳の奥響くドキドキ。
意外と乙女なんだから。

「まあ、ずっと…」

「えっ、なにぃ?こわいなー…」

笑いながらそう言う熊井ちゃん。
自分が今から告白されるなんて全然わかってないんだから。
まぁ、そういうとこも含めて。

「熊井ちゃんのことが好きだったの」

ちゃんと聞こえたかな。
格好悪くなかったかな。
本当はもっと格好良くロマンティックに言いたかったんだけど。
結構怖がりなところあるんだよね。

「初めて会った時からずっと」

「まあさん…」

「迷惑なのはわかってる。今日はその整理で伝えたかったの。ごめんね?」

熊井ちゃんは驚いた顔をして固まってる。
どう思ってるか全然わからない。

「…」

「本当ごめん!気にしないで!せっかくだから遊んで帰ろうよ!…あ、嫌かな?」

熊井ちゃんだけ時が止まってしまったようだ。
冷や汗が止まらない。
こわい、こわいなぁ。
熊井ちゃんのことだから酷いこと言わないなんてわかってるけど。
やっぱりこわいよ。

「…髪の毛、切ったのって…」

「あー、うん、決心ってやつ?」

「ここ来たのは…」

「うん…初めて会った場所で伝えたかったから」

呆然としたまま投げ掛けられる質問にとりあえず答えを返す。
まだ沈黙は続く。
と、思ったら、少しあった距離を熊井ちゃんが縮めてきた。
一歩、二歩、と近づいてくる熊井ちゃん。
もう縮まらない距離になって、また黙る。

「…熊井ちゃん?」

呼び掛ける。
熊井ちゃんはうつむく。
うつむいてても、顔はずっと見えてるけど。
見えてる表情は、少し眉をひそめてる。

「えーっと」

「は、はい」

緊張が張りつめる。
この表情、嫌なことしか浮かばない。
熊井ちゃんの口が開く瞬間、まあは目をつむった。

「『好きだった』って、過去形?それとも、現在完了形?」

ポカン、と自分の頭からハテナが浮かぶ音がした。
目を開けてみれば、なぜか熊井ちゃんも同じ状態。

「あれ?でもどちらにしても今はもう好きじゃない?うん?」

「…」

「今好きじゃないなら、ちょっと困るんだけど…」

まあより大きな背で、上目使いをするように見てくる熊井ちゃん。
お母さんに怒られた子供のような表情。
こんなに大きいのに、どうしてこんな子供みたいなんだろうか。

どうしてこんなに愛しいのだろうか。

「好き」

「え?」

「現在進行形で好き」

「…ほんと?」

「本当」

熊井ちゃんのくしゃっとした笑顔に、愛しさがまた膨らむ。

「熊井ちゃんは?」

これまでの流れだと、答えは想像つくけど。
聞いてみたいものは聞いてみたい。

「す、すき!」

恥ずかしそうに笑いながら返された言葉に胸が熱くなる。
これからまあは、もっとこの人を好きになっていくんだろう。

言うなれば、それは。



end

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