・短編I・

□不慣れなメイド
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メイド業にも結構慣れてきました。



―――――



「みや起きてー!」

「んなぁ……あとごふん…」

「もう13時なんですけど!」

雇われてから半年。
呼び方は『夏焼さん』から『みや』に変わり、なんというか普通の友達のような関係になった感じ。
ただ仕事は仕事だし、ちゃんとやるけれど。
まぁ仕事じゃなくてもこうやって起こす。
だって起こさなかったらいつまでも寝てるんだもん。

「ご飯は…」

「エビフライ弁当買ってきましたよー」

「……起きる」

扱いやすいタイプではある。
かわいい、と思う。
雇い主だけど、年下だ。

「んぁぁ!よく寝たー」

「そりゃこの時間まで寝てればねぇ」

「へへ…掃除洗濯はできた?」

「まぁ一応」

「よしよし、慣れてきたね」

年下だけど、ポンポンっと頭を撫でられて、悪い気はしない。
むしろ嬉しいというか。

なんというか。

「ももの分は?」

「…あ!忘れてた!」

「ばかなの?」

ももは。

「うるさいっ!つい!うっかり!」

「はいはい」

たぶん。

「もう…」

「ほい」

「…え?」

「はんぶんこ」

この人のことが。

「えっ、でも」

「誰かと一緒に食べた方が美味しいじゃん」



好きだ。



―――――

他のことも軽くやるけれど、ももの担当の仕事は『お勉強』だ。
ちなみに月曜日は洗濯担当の熊井ちゃん、火曜日は暇潰し相手担当のちぃちゃん、水曜日は料理担当の佐紀ちゃん、木曜日はみやの仕事のお手伝い担当のりーちゃん、金曜日は酒飲み相手のまあさ、そして土曜日の勉強担当のももだ。
ところどころよくわかんない担当があるけど、まぁ主にその担当のことをするってだけで掃除洗濯くらいはする。
言われなくてもする。
なんだかんだ、雇われた側は、この雇い主に惹かれてるんだと思う。
世話を焼きたいって思う人。
放っとけない。

ももだけじゃなく、みんなそう思ってるって知ってる。

日曜はみんなが集まってパーティをする日。
その時に、たくさんたくさん思うことがある。
好きだと思うけど、手に入らないんだろうとも思う。
みんなもそう思ってる。
みやは自由で適当で誰にでも優しい。

そう、わかってる。



「…もー限界!無理!」

「まだ始めて20分なんだけど!」

「無理なもんは無理だし!勉強とかできなくても生きていけるし!」

「勉強できた方が格好良いよ!」

こんな発作はいつものこと。
なだめて褒めて、なだめて褒めてを繰り返すと、なんだかんだやってくれる。
なんとかノルマはやってくれる。
いつもは、そうなんだけど。

「あー…もう格好良いとかどうでもいい…無理…寝る…」

「こらぁ!」

机に突っ伏したみやの頭をあげさせようとするけど、くっついてしまったみたいに動かない。
ぺしぺし、と叩いてみても無反応。
はぁ、とため息。

「みーやー」

「…やだやだ」

子供みたいにごねる。
かわいい、とか思ってしまった。
昨日夜遅くまで仕事してたのも知ってる。
今日くらい休ませてあげようかな。

「ってだめ!甘やかしすぎ!」

浮かんだ考えを、頭をぶんぶん振って吹き飛ばす。
その勢いのままみやの腕を掴む。

「ほらやるよ!」

腕を動かそうと力をいれた瞬間にみやがバッと顔をあげる。
びっくりしてももが固まる。
少し不機嫌そうな疲れた顔。
それを一瞬見せてから、なにか思い浮かんだような、いやーな笑みを浮かべた。

「もも、今日はあたしが先生する」

「はぁ?」

こう言っちゃなんだが、みやのバカさは最上級だ。
そんなみやに教えられることなんてないだろう。
そう思ったのが顔に出たか。

「…ちょっと今バカにしたでしょ、こら」

「ひへない!ひへない!」

ほっぺをぎゅーっとつねられて慌てて否定。
こういうとこだけ勘が鋭いんだから。

「…まぁ、普通の勉強は無理だけどさ」

いつもはにぶにぶおバカさんなのに。

「こういうのはどうよ?」

ほら、鈍い。

ももの頬をつねってた手は撫でるような手つきに変わる。
優しい動き。
それだけでもう、ももの心臓なんて爆発するんじゃないかってくらい忙しなく動いてる。

「…めて」

「んー?」

聞こえてるはず。
聞こえてなくてもなにを言いたいかわかるはず。
にやにやしながら、みやは顔を近づけてくる。

「緊張してる?」

そんな優しい声で。

こんな優しい手つきで。

「いつかのために練習台になってあげる」



なんて残酷なんだろう。



「っ、やめてよ!」

目からポロっと涙が落ちた。
みやが驚いてる。
ももだって驚いてるんだから、そりゃそうだ。

「…帰る」

「え、ちょ」

「今日のバイト代は引いてくださって結構です」

呆然としてるみやにそう告げながら荷物を素早くまとめる。
引き留められないうちに出ていこうと思ったけど、やっぱり間に合わなかった。
ドアに向かおうとした途端に腕を掴まれる。

振り払えなかった。

強引な感じじゃなく、おそるおそる掴んできたから。
思わず振り向く。
不安そうな目に、心が揺れる。

「…明日、ちゃんと来るから」

小さな声でそう言った。
それはしっかりみやの耳に届いてたみたいで。
名残惜しそうに腕を離される。
これ以上心を動かされないように急いでドアに向かう。



机に残ってるお弁当の空箱が、妙に寂しそうに見えた。








「あー…失敗した…泣かせちゃったよ…あぁぁ…」



end

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