・短編E・
□出会いは突然に
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大学内で出会ったその人は、すっごい綺麗だった。
『ここ、どこだろ・・・』
入学して一ヶ月。
恥ずかしながら迷子になった。
いつもと違う道を通って行こうと変な好奇心にかられたせいだ。
『講義始まっちゃうよぉ・・・』
どうすればいいかわからず、立ち尽くしたまま。
一度知ってるところに出ようにもそれがどこだかわからない。
『大丈夫?』
そんな時に声をかけてくれたのがその綺麗な人だった。
あたしよりは小さいが、平均よりは身長高め。
その人は、あたしの様子を察したのか、迷っちゃったのかな?と笑ってくれて。
『東棟の近くに行きたいんですけど・・・』
『それならこっちを真っ直ぐ行って、突き当たり左だよ。一緒に行こうか?』
『え、あ、いや!一人で大丈夫です!ありがとうございます!』
ちょこんと首を傾げてる姿が可愛くて、なんだか少し焦って断ってしまった。
それを残念に思いながらもそろそろ行かないと遅れてしまうと、お礼をまた言ってからその場を去ろうとすると引き留められた。
『あ、待って!これ、貸してあげる』
そう言って差し出されたのはハンカチ。
突然の出来事に戸惑っていると、驚くことにそのハンカチであたしの汗を拭き取るその人。
『あ、あの!ききき汚いですよ!』
当然そう言うしかなくて。
慌てて一歩下がると、笑って一歩近づかれた。
『汚くないよ。それに、ほら、あたしも汗っかきだから!』
なぜか得意気にそう言ったその人は、あたしがなんて返そうか迷ってるうちに講義遅れちゃう、と走ってどこかに行ってしまった。
もちろん、あたしにハンカチを押し付けるのは忘れずに。
―――――――――――――
「え?綺麗な人?」
「うん!で、たぶん先輩!」
あの日から三日。
どうしてももう一度あの人に会いたくて、とりあえずなっきぃに相談してみることに。
大学の色んな噂に詳しいなっきぃなら知ってるかもしれないと思ったのだ。
「あのさ、熊井ちゃん、もっと詳しい情報お願いしますよ。美人な先輩って言ったら、梅田さんとか久住さんとか夏焼さんとか須藤とかいっぱいいるし、熊井ちゃんの言う綺麗がどんなもんかわかんないし」
「えっと、えーっと」
呆れたようにそう言うなっきぃに、慌ててあの人を思い浮かべる。
ここでなっきぃに見捨てられたらもうあの人の手がかりは無いに等しい。
「顔は絶対、誰が見ても美人!あと、背は高めで、髪の毛は黒くて長い!あと・・・あ!汗っかきって言ってた!」
あの日のことを脳みそフル稼働で思い出しながら伝える。
あたしが言えることはたぶん、これで全部だ。
どうかなっきぃのセンサーに引っ掛かってください。
「・・・・・・・・・えっと」
あたしの願いも虚しく、まだ呆れたような顔をしてるなっきぃ。
もうこれでわかんないならわかんないよ、と机にうつ伏せると肩をトントンと叩かれる。
「なにぃ?」
「え、熊井ちゃんなんで落ち込んでんの」
「だってわかんないんでしょ?」
「いや・・・えっとぉ」
わからない訳ではなさそうな反応。
それにガバッと起き上がって、期待のこもった眼差しでなっきぃを見つめる。
「わ、わかるの!?」
「わかるっていうか・・・・・・そういえばそんな変なことする美人てナカジマ一人しか知らないっていうか・・・・・・むしろわかりすぎて呆れるっていうか・・・」
「勿体ぶらないで教えてよ!」
なんだなんだなんだ。
知ってるんだ。
なっきぃ、その人知ってるんだ。
その事実自体が嬉しくて、問い詰めるように前のめりになる。
そんなあたしを押し返しながらなっきぃは口を開いた。
「・・・・・・・・・それたぶん従姉妹」
「・・・・・・・・・うぇぇええええ!!」
まさかそんな展開だとは夢にも思わなかった。
混乱してる頭で言葉を捻り出し、ケータイをいじり始めたなっきぃに全力でぶつける。
「いっ、一回も聞いてない!そんな綺麗な従姉妹が同じ大学にいるとか!!」
「だって言わなかったもん」
「なんで!」
「だって、小さい時から舞美ちゃんと仲良くしてると疎まれてめんどくさいし」
そう言って口を尖らすなっきぃ。
確かにあれだけ綺麗だと人気もあるんだろう。
それに巻き込まれるのが面倒だから今まで話さなかったと。
あれ?ということは・・・
「あ、あたしも関わったらなんか言われるかな・・・?」
仲良くなりたいと思うけど。
人から疎まれるのとか、どうしよう。
そう思って困った顔をしていると、なっきぃがため息をついた。
「はぁ・・・熊井ちゃんなら大丈夫だよ」
「え?なんで?」
「お似合いだもん」
どういうことだ、と口に出す暇はなかった。
視界入った黒髪の人は、どう見てもあの人で。
「なっきぃ!急に呼び出してどうしたの?用事って・・・・・・あ!」
間違いなくあの人だった。
瞬間的に起立。
そして勢いよく頭を下げる。
「あっ、あのっ、あの説はありがとうございました!」
なんでいきなり来たんだ、とかなっきぃに聞きたいことはたくさんあったけどとりあえずそう言ってあの時のハンカチを差し出す。
そのままどうすればいいかわからず頭を下げたままでいると、なっきぃがもういいでしょ、と呆れた声で言ったのが聞こえて顔をあげる。
そこにはやっぱり、あの人が。
「いえいえ、講義間に合った?」
あたしが差し出していたハンカチを受け取り、笑顔のままそう聞いてくるその人。
そういえば名前、なっきぃは舞美ちゃんと呼んでいたけど、聞いてない。
「おかげさまで!あ、それで、あの、名前とか・・・聞いてもいいですか?」
「あぁ!知らなかったよね!矢島舞美です!よろしくね」
ペコッと頭を下げられて、あたしもつられて下げる。
そして慌てて自分も名乗ろうとしたら、その前に矢島さんが話し出した。
「あっ、あたしはっ」
「熊井ちゃん!だよね?」
悪戯っ子みたいに笑ってそう言った矢島さんに、あたしは状況が掴めなくて固まる。
なんでだろう、と考えて、思い浮かぶのは共通の知り合い。
つまり、あたしの目の前にいるなっきぃだ。
「いや、普通に友達の話くらいしますよ・・・」
「あと前に熊井ちゃんとなっきぃが一緒にいるの見かけて、綺麗だなーって思ったから覚えてたんだ」
気まずそうななっきぃとずっとニコニコしてる矢島さん。
そして矢島さんの言葉に慌てて話し出すあたし。
「あああああたしもっ!矢島さんきっ、綺麗だなって!こないだ初めて話した時からずっと忘れられなくて!」
「えー?熊井ちゃんの方が綺麗だよ!背高くて格好いいし」
「そんな!矢島さんだって背高いし、それにすごい可愛いですし!」
「他所でやってください・・・」
あたしたちの褒め合いに呆れたようにため息をつくなっきぃ。
だけどそれはあたしにとって大したことではなくて。
なっきぃが噴火するまで続いたあたしたちの会話は、周りから見るとカップルにしか見えなかったみたいだ。
なんと幸運なことに、翌日から流れた噂に便乗するように事実がついてきたのだった。
end