・短編E・

□恋人は風邪っぴき
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「え?来とらん?」



「はい・・・」



「そう・・・ありがと」



どうしたものか、と首を傾げる。

朝、待ち合わせ場所にいなかった里保。
どうせまた寝坊だろうと先に登校し、からかってやろうと一時限目の後に里保のクラスを訪れた訳だけど。

どうやらこの通り来ていないらしい。

寝坊助だけど真面目なので、ちょっとした寝坊ならたくさんあるけど一時限目を越える寝坊をしてるのは見たことない。



「しょうがないから電話でもしてあげよう」



自分の教室に戻りながらわざとらしく声に出して言った言葉は、どう考えても言い訳にしか聞こえない。
『心配だから電話しよう』と言えるほど衣梨奈は素直になれないのだ。

教室に入り時計を見ると、休み時間は残り3分。
いそいそとケータイを取り出して履歴から見慣れた名前に発信する。



早く早く。



――プルルル プルルル



後、2分。



――プルルル プルルル



『・・・もしもし』



「出たっ!まだ寝とー?もう二時限目始まるけんね!」



聞こえてきた声は寝起きのような不機嫌さで。
早口で今の状況を捲し立てる。

すると、向こうから辛そうな咳が聞こえてきた。



『げほっげほっ!・・・風邪、引いたから休む。学校に連絡もしてあるから』



「えっ?ちょ、大丈夫なん?」



『大丈夫じゃないから休んでるの。衣梨ちゃんもう授業始まるでしょ、じゃあね』



――ブツッ



躊躇なく一方的に切られる電話。
同時に教室に入ってくる先生。



「ほら生田、早くケータイしまえ」



共働きな里保の両親。
不機嫌そうな里保の声。

本当はとても寂しがり屋な恋人。



「っ・・・先生!具合悪いので保健室行ってきます!!」



「生田っ、具合悪いやつはそんな大きな声で叫んでから走り出したりしないぞ!」



先生の声には全く反応しないで保健室に走り出す。
さすがに学校を抜け出すことは出来ないので早退にしてもらおうという考えだ。

つまり、仮病を使うということ。

意気込んで保健室に飛び込む。



「せんせぇ・・・!お腹がいとうございますぅ・・・!」



「・・・・・・ふざけてないで早く教室戻りなさい」



「あぁっ!石川先生!ちょっ、違うけん!本気っちゃん!」



渾身の演技が数秒で見破られてしまった。
だけどここで諦める訳にはいかない。
早く行かないと、あの子が寂しい思いをしてるんだから。



「はぁ・・・本気ってなにが?」



「ほ、本気でお腹痛いけん」



「本当に?」



「本当の本当に!」



お願いだから騙されて。
心の中で必死にそう願いながら石川先生と対峙してると、数秒してから呆れたように笑われた。



「生田仮病ヘタすぎ。ちゃんとした理由言ってくれたら少し考えてあげるわよ?」



そんな石川先生の言葉に、帰らせてくれるかわからない、むしろこんな理由で帰してくれる訳ないだろうというのに本当のことを全部話す。
自分の好きなアイドルを話す時よりずっと必死に。

一通り話し終えると、困ったような顔をした石川先生がため息をついた。



「なるほどね・・・」



「か、帰らせてください!」



頭をグーっと下げて頼み込む。
すると、またため息が聞こえた。



「・・・・・・今日だけ」



「えっ?」



「今日だけ許します。次から絶対ないからね」



ちょっと怖い顔で言われたけど、そんなことはどうでもよくなるくらいに嬉しくて。
急いで立ち上がって教室の鞄を取りに行こうとしたら止められた。
もどかしげに石川先生を見ると、苦笑しながら紙をつきつけられる。



「本当に帰りたいならバレないようにちゃんと具合悪そうにしなさい。あとこれ、書かないと帰れないわよ」



そう言って差し出されたのは保健室に来た時、まず最初に書かなきゃいけないどこの調子が悪いのかとかを書く紙。
それを受け取って、一回軽い深呼吸をして、里保は死ぬ訳でもないのだから少し落ち着こうと言い聞かせた。



――プルルル プルルル



椅子に座ってその紙を書いていると衣梨奈のケータイではない着信音が聞こえる。
この部屋にいるのは衣梨奈と石川先生だけ。
ということは。



「・・・・・・ごめんね、ちょっと出ていい?」



「あ、どうぞ」



珍しい。
いつもは細かいところまでキチッとしてる&させてるのに、今日は甘いというかなんというか。

この電話に今日の変な様子の真意が隠されてるのかもしれない、そう思って聞き耳をたてる。



「もしもし・・・大丈夫?・・・熱は?・・・・・・そう・・・朝ご飯食べれた?・・・・・・・・・今は帰れないわよ・・・学校終わったらすぐ帰るから・・・・・・うん・・・じゃあちゃんと寝ててね?・・・うん・・・じゃあね」



・・・・・・・・・なるほど。
今日じゃなかったら、もしかして帰してくれなかったかもしれない。
だけど、今日は、石川先生も衣梨奈と同じ立場で。
自分は側についててやれないから、せめて衣梨奈を帰してやろうということなんだろう。



「先生!」



「・・・・・・なに?」



「衣梨奈早く帰ります!」



「はぁ・・・この事は絶対秘密よ?」



「はい!」



書き終えた紙を石川先生に提出して、その紙の対処欄に『早退』と書いてもらって、教室に鞄を取りに行って職員室に向かい、ちゃんと体調が悪い演技をして学校を出る。

そこからは猛ダッシュだった。



――――――――――――



――ピンポピンポピンポピンポーン



学校を出て、途中で遅刻してきたらしいうちの学校の高校生(衣梨奈の学校は中高一貫校)とぶつかるというハプニングがありながらも、十数分で里保の家に着き、そのままの勢いで何度もインターフォンを押す。
待ちきれなくてもう一回押そうかと思ったところで玄関のドアが開いた。



「・・・・・・衣梨ちゃん?」



パジャマ姿のまま怪訝な顔をしてる里保。
よく見ると、鼻が少し赤くて、頬に薄く涙の跡があって、目がちょっと潤んでいて。

来て良かった。



「っ、な、なにしてるのっ」



「寂しかったっちゃろ?もう大丈夫やけんね」



小さい体をギュっと抱き締めると慌てて声をあげる里保。
だけど離してなんてあげない。
もう寂しい想いをさせてなんてあげない。

見栄っ張りで強がりで、でも本当は寂しがり屋でどこかボケてて。

素直には言えないけどそんな恋人が愛しくて。



こういう時くらいは素直に言うから、里保もたまには言ってくれるといいな。



「めっちゃ愛しとーよ!」



「え、なに?どういうこと?」



end



ノリ;´ー´リ<(もうこの人なに考えてるかわかんないよ)

|||9|‘_ゝ‘)<〜♪

ノリ*´ー´リ<(・・・・・・でも、来てくれたのは嬉しかったな)
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