・短編E・

□朝戦争
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ゴンッ



鈍い音と共に痛みを感じて目が覚める。
どうやら腕を思いっきり壁にぶつけてしまったみたいだ。



「いたい・・・」



小さく呟いた言葉はどこにも届かず宙に舞う。
そしてすぐに眠気に襲われた。
枕元にあった目覚まし時計にちらりと視線をやると、それは8時を指していた。

私がいるのは校舎の隣に建っている寮だから、今から急いで支度をすれば間に合わないこともない。

だけど。



「めんどくさい・・・」



どうせ一人部屋だ。
うるさく起こしてくるルームメイトもいない。
今日くらいサボっても構わないだろう。



「・・・寝よう」



少し乱れていたタオルケットをしっかりと被り直す。
心地よい眠気に誘われてうとうと。
至福な時間を味わい、さあ眠ろうというところでノックも遠慮もなしにドアが開けられた。



「りーほー!あれ、まだ寝とうやん!しょうがない衣梨奈が起こしてあげる!ちちんぷいぷいーあなたは今すぐ目を覚ますー!どう?起きたと?」



「・・・・・・うっざい衣梨ちゃんその呪文とてつもなくうっざい」



部屋に入って一直線に私のベッドの脇まで来た衣梨ちゃんは、意味のわからない鬱陶しい呪文をかけてきた。
こんなもの効くわけないと言いたいところだけど悔しいことに余りの鬱陶しさや、余りの寒気に若干目が覚めてしまうのがこの呪文だ。



「呪文じゃなかと!おまじないったい!」



「わかったうるさい今日休むめんどくさい」



この人と話してると寝るタイミングを逃してしまう。
そう思って口早に捲し立て、今度は頭からタオルケットを被り直す。

どうかあの人が来る前に帰ってくれますように。



「やっぱり里保ちゃんまだ寝てた?」



私の淡い願いも虚しく、来てほしくなかったあの人の声が。
タオルケットを口元まで下げて様子を見ると眉をしかめていた。



「聖ー、なんかめんどくさいって」



「・・・・・・体調悪いから・・・」



「さっきと言っとーこと違うやん」



そりゃ衣梨ちゃん以外に素直にめんどくさいから学校休むなんて言うわけない。
ましてや私のお母さんみたいな役割のフクちゃんにそんなこと言えるわけがないのだ。
そんなこと言ったあかつきには・・・・・・。



「・・・・・・里保ちゃん?」



「急いで準備します・・・」



こんな風に目の奥は笑っていないフクちゃんの怖さと言ったら。
普段はとことん可愛がってくれる(たまに怖いくらい)から更に怖く感じられるのだ。



「おはよー。あ、里保ちゃんまだ寝てたんだ」



もぞもぞとベッドから這い出ると同時に、のんびりで明るい声が聞こえてきた。
まだパジャマ姿の私を見て呆れたように笑う香音ちゃん。

これで幼馴染み四人が全員揃ってしまった。



「ほら、里保ちゃん早くしないと遅刻になっちゃうよ!」



この見慣れた光景をボーッと眺めているとフクちゃんに急かされる。
はーいとやる気のない返事をして、とりあえずパジャマ代わりのTシャツを脱いだ。

すると、途端になにかにタックルされる。



「りりりり里保っ!なっ、なにしとっちゃん!!」



「いやいやこっちの台詞なんだけど」



タックルというか抱きつかれてるみたいだ。
例え女の子同士の幼馴染みと言えどもさすがに下着姿に抱きつかれるのは恥ずかしい。
なにしてるんだこの人。



「お、女の子が人前でそんな堂々と着替えちゃダメやけん!」



顔を真っ赤にさせながらあたふたしてそう注意してくる衣梨ちゃん。
顔が見える程度には離れてくれたけどまだ体は密着してる。
なんなんだこの状況は。



「・・・・・・香音ちゃん行こっか。聖たち邪魔みたい」



「そうだね。衣梨ちゃんに後から怒られるの嫌だし」



「怒られそうになったら聖に言ってね、こらしめてあげる」



「おぉ!心強い!ありがとう!」



「え、ちょっと、あの」



バタン



私の小さな声には反応せずに二人は話しながら出ていってしまった。
残された私たちは沈黙に包まれて。



「と、とりあえず着替えた方がよかとよ」



「う、うん・・・」



やっと離れてくれる衣梨ちゃん。
なんとなく気まずいというか、気恥ずかしいというか。
とにかくそれはあまり考えないようにしながら着替える。



「今日、暇?」



着替えを素早く済ませ、髪を軽くとかしているとそう訊かれた。
時計を見ると8時10分。
そろそろ出ないとヤバイ。



「暇だけど、今は早く学校行こ」



これで間に合わなかったらフクちゃんからどんなに怒られるかわかったもんじゃない。
そう考えて急いでドアへと向かう。

するとドアノブを掴む直前で腕をぐいっと引っ張られた。



「話、あるけん。授業終わったら迎え行く。待っとって」



見たことないような真剣な顔。
どんな話なんだと疑問に思いながら、気迫に圧されて小さく頷く。

と、またもや勢いよくドアが開いた。



「えぇ!今のタイミングで告白したの!?」



「衣梨ちゃんタイミング間違ってるよぉ!」



・・・・・・え。



「ちょおっ、まだしてないけん!ていうかまだ好きってのも知らんのに!!」



「「え!」」



あれ、えっと、なんだろう。
こういうのって私が聞いちゃいけないやつじゃないかな。

もう、どうしようもないけど。



「あ、いやっ、ちがっ!」



「えりぽんごめん・・・」



「ごめんね衣梨ちゃん・・・」



焦る衣梨ちゃんにシュンとするフクちゃん香音ちゃん。

まったく、世話のやける幼馴染みだ。

みんなが私に注目してる中、私は目をそっと閉じる。



「・・・・・・り、里保?」



目を閉じて数秒。
情けない衣梨ちゃんの声を聞いてから目を開ける。



「私、今、寝てた」



「え?」



「だから、今寝てたんだってば。だから何も聞いてないよ」



こんな誤魔化し方、この四人じゃないと効かない。
ていうか馬鹿馬鹿しくてやらない。

だけど、この四人なら、私の考えてることを察してくれる。
小さく笑って、私の言葉の意味することを理解して、ありがとうと一言。

少しくすぐったい気もするけど、私はこんな関係が好きだ。



「あぁっ!もう時間ないよ!みんな急いで!」



フクちゃんが時計を見て大声を出す。
只今の時刻、8時15分。
ダッシュで行けばギリギリ間に合う。



「よーし!みんな走るぞぉ!!」



香音ちゃんの声に走り出す私たち。
香音ちゃん、フクちゃん、衣梨ちゃん、少し遅れて私。
頑張って追い付くと、衣梨ちゃんが私をチラッと見てボソッと呟いた。



「放課後、改めて言うけんね」



恥ずかしそうに。
だけど、わくわくしながら。
結果は見えてる、というように。



自意識過剰な人だ。



そう思って呆れるけど、私だってもう返事は決めている。
今はまだ言わないけど、と心の中で呟いて衣梨ちゃんの手を握る。

驚いて私の顔を見る衣梨ちゃん。
私はわざと見てあげない。
それでも衣梨ちゃんがにやついてることはわかった。



「全力だーっしゅ!!!」



いきなりそう叫んで、手を繋いだまま衣梨ちゃんがスピードをあげる。
引っ張られるように私もスピードをあげて、ついに前にいた二人を抜かす。



放課後もこんな速さで来てくれればいいのに、と恥ずかしくて口には出せないことを思った。



end

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