・短編D・
□何かが変わる時
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「・・・・・・・・・お嬢様、何をしておられるんですか。」
視線の先には木に上った自分の主人。
少し困ったような顔をしてたお嬢様は、私に気づくと満面の笑みで話し始めた。
「真野ちゃん良いところに!子猫が降りれなくなっちゃったみたいでとりあえず捕まえたんだけどね、さすがに抱いたまま一人で降りるのは危ないかなーって思ってて。」
「はあ・・・じゃあ脚立を持ってきますね。」
「いや!いいよ!」
「はい?じゃあどうすれば・・・」
「とりあえず見てて!」
見ててって何を言ってるんだ。
そう思った瞬間、片腕で子猫を抱いて空いてる方の腕を上手く使って木から降り始めるお嬢様。
私は一瞬ポカンとしてからあまりの危なさに慌て始めた。
「おっ、お嬢様!危ないですっ!!」
「大丈夫大丈夫っ・・・うわっ・・・と!」
声をかけたと同時にお嬢様の体制が軽く崩れる。
息を詰まらせながらお嬢様の真下らへんに急いで構えると、お嬢様はその3歩横くらいにシュタっと降り立った。
「あははっ!危なかったぁ!」
そう無邪気に笑ってから子猫を解放するお嬢様。
なんにもなかったかのようにスタスタと去っていく子猫を相変わらずニコニコと見守っているお嬢様を見て、なんだか一気に疲れが押し寄せてきた。
「はぁ・・・・・・。」
「真野ちゃん?大丈夫?」
お嬢様はいきなりしゃがみこんだ私を見て不安そうに声をかけてくる。
私がこうなった原因はこの人なのに。
昔からこういう人だった。
自分の危険は顧みずに他を助けて、人の感情なんかにはとても疎くて。
私がいくら心配してもわかってないし、私がいくら想ってもこの人は気づかない。
「・・・・・・大丈夫じゃないですよ、お嬢様が。」
「えっ、あたしが?」
「危ないことはしないでください。私の心臓が持たないので。」
すっと立ち上がってそう言う。
不思議そうな顔をしていたお嬢様だけどなんとか理解してくれたみたい。
・・・・・・まぁ、どうせ明日には忘れてるだろうけど。
「はーい!」
無駄に良い返事。
そんな返事に、なんだか少し意地悪したくなってくる。
いや、普段何も気づいてくれないお嬢様への仕返しとも言うのかもしれない。
「お嬢様。」
呼び掛けながらグッと顔を近づける。
普通こんな近さになることはないというくらいに近づいてもお嬢様に慌てる気配はない。
「なに?」
慌てるどころかいつも通りニコニコ笑顔。
僅か10cm先にある綺麗な顔に、こっちの心臓が慌ただしくなる。
「・・・・・・何も感じませんか?」
「んー・・・近いね!」
結局それだけ。
私の気持ちにお嬢様は気づいてないし、私のことをどうとも思ってない。
気づいてないのは良いことかもしれない。
だけどなんとも思われてないのはどうもやるせなくて。
今以上に顔を近づけてみた。
つまりそれは、ただの『とても近い距離』から世間一般でいう『キス』に変わったということで。
「・・・・・・何も、感じませんか?」
「・・・っ!」
「失礼します。」
お嬢様が何かを感じてくれたのは、赤くなった頬を見れば一目瞭然だった。
満足してその場を立ち去る。
ちょっと離れた後お嬢様がどうなってるか気になって振り返ると、未だにさっきの表情と格好で止まっていた。
本当の勝負が来るのは、もうそろそろなのかもしれない。
end