・短編D・
□始まっていた恋
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「こ、こんにちは!」
「え、あぁ・・・こんにちは。」
これは、チャンスだ。
「矢島先輩、ですよね?」
「え?あたしのこと知ってるの?」
「はい!先輩有名ですもん。」
鈴木愛理、現在高校二年生。
矢島舞美、現在大学二年生。
あたしの片想い歴、一年。
矢島先輩はあたしが通ってる高校の卒業生で、歴代陸上部で唯一全国大会に行った人。
大学に行ってからも、たまに陸上部に顔を出して指導をしてるみたいでよく見かける。
そしてあたしは、矢島先輩を初めて見かけた高校一年の四月、恋に落ちた。
「有名・・・・・・卒業してからも鬱陶しくここ来るからかな・・・?」
困ったようにそう笑った矢島先輩。
そんな訳ないのに。
そう思って、あたしはその言葉を全力で否定する。
「ちっ、違います!矢島先輩はすごい人ですし!すごい綺麗ですし!それなのに性格よくて優しくてちょっと天然なとこがあって可愛いですし!!」
・・・・・・・・・しまった。
勢いに任せていつも思ってることを全部伝えてしまった。
矢島先輩をチラッと見ると、ポカンとして固まっている。
「あ、えっと、ごっ、ごめんなさい!」
「あははっ!」
勢いよく頭を下げて謝った瞬間、聞こえてきた笑い声。
あたしじゃないよね?
おそるおそる頭をあげると、目の前にはお腹をかかえて笑ってる矢島先輩。
「・・・・・・え?」
「あはっ!いや、ふふ・・・ごめんね、そんな必死で弁解してくれるのが面白くて。ありがとう。」
矢島先輩は優しい笑顔でそう言う。
・・・・・・これだ、あたしがいつも遠くから見てたのは。
思わず固まる。
遠くにしかないと思っていたものが、あたしに向けられてるという事実に戸惑いを隠せなくて。
赤い顔も、隠せなくて。
「・・・・・・・・・。」
「もしかして、雨止むの待ってる?」
「・・・・・・・・・・・・えっ?」
固まってるあたしに気づいているのかいないのか、外を見ながら話しかけてくる矢島先輩。
そうだ。
予想外に雨が降ってて傘忘れててどうしようかなって思いながら下駄箱に来たら、矢島先輩がいたのだった。
ここに矢島先輩がいる訳は、もしかして雨宿り?
「あたしも傘持ってなくてさ、ここで足止めくってるんだよね。」
やっぱり。
今日は本当に幸運だ。
「あたしもっ!止むの待ってるんです!一緒に待ってていいですか?」
今日言わなきゃチャンスはもうない。
勢いに任せてそう言うと、矢島先輩は快く頷いてくれた。
「もちろん!」
―――――――――――――
それから約30分程話した。
言葉が詰まったり、あるいは勢いよく飛び出しちゃったりしたけど矢島先輩は気にせず接してくれて。
間近で見る笑顔とか、真剣な顔とか、そういうのにあたしは一々ときめいていた。
「雨、結構弱くなってきたね。」
「そう、ですね・・・。」
残念そうな声が出てしまう。
それに気づいた矢島先輩は、少し首を傾げて微笑んだ。
「もうすぐで止みそうだなー。」
「あ、あの!」
声が出る。
今しか言えないことを言おうとしてる。
「ん?なに?」
『好き』
この想いを伝えたい。
こんなに話せたのは何かの縁だと思うし。
何より、こんな溢れそうな気持ちを今更抑えるなんてできなくて。
「矢島先輩は・・・・・・恋、しないんですか?」
だけど結局、あたしは臆病だった。
今日築いたこの関係があまりにも心地よくて、壊せなくて。
遠回しな恋愛話。
そんな自分の臆病さに落ち込んでいると、有り得ない言葉が聞こえてきた。
「愛理ちゃんがあたしに恋させてよ。」
・・・・・・・・・・・・え?
これは、からかわれてる?
「って、違うか!」
やっぱり・・・。
ドキドキして損した。
そう思って軽く俯くと、また矢島先輩が口を開いた。
「あたし、もう愛理ちゃんに恋してるんだった。」
「え・・・?」
聞こえた言葉にパッと顔をあげると、ポンポンと頭を撫でられた。
そんな、あたしの頭を撫でている矢島先輩の顔はどこか赤くて。
あたしの恋は始まったばかり。
end