・短編D・

□待っていたのは
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「これ、矢島先輩が呼んだの?」



そう言って、よく知らない後輩が指さした先は空。
それもただの空ではない。

雨は土砂降り、風は強くて、閉めきってある窓がガタガタと揺れている。



「あたし・・・別に台風呼べないよ?」



そう、つまり台風。
関東のほとんどの電車をストップさせるほどの大きな台風。
それを、この後輩はあたしが呼んだのかと聞いたのだ。



「なぁんだ、つまんない。」



よく知らない後輩、そう言ったけど名前は知っている。
佐紀の幼馴染みで、もものお気に入りで、ちぃの親友で。
話にはよく聞くのだ。
だけど直接的な関係は今までなかった。

おかしいくらいになかった。



「って、ちょっと!危ないよ!」



「だいじょーぶだいじょーぶ!」



「だ、ダメだって!」



それはこの人が、こんな風に自由奔放だからなのだろうか。

窓を開けて顔を出してる後輩の腕を引っ張って元に戻す。
素早く窓を閉めてホッと一息つくと、後輩は不満げな顔をした。



「ちぇっ、つまんないの。」



「つ、つまんないって、危ないんだよ!」



「んー・・・・・・・・・あ!今!初めての接触!」



それとも、この人がこんな風にどこか掴めない人だからだろうか。

不満げだった顔は無邪気な笑顔に変わっていて。
『矢島先輩と触れ合うの初めてだ』とか言いながら髪の毛を触ったり、ほっぺをムニムニされたり。

・・・・・・・・・先輩だと思ってないよね。



「な、夏焼さんは・・・帰らないの?」



「・・・・・・うーん、ちょっとね。」



「ちょっと?」



「うん、へへ・・・ちょっとね。」



それとも、この人がこんな風に何か企んでる様な笑みを見せるからか。

あたしに触れていた手を掴むと、何かを訴えかけてくるような目で見てくる後輩。
それでもその目はどこか余裕な感じで。



「な、なに?」



その目に耐えられずそう聞くと、『別に?』と笑ってまたあたしを触り始める後輩。
その触り方は、何を思っているのかすごく優しいもので。
ずっと触れなかった大事なものに、やっと触れたような。



「夏焼さん・・・。」



「みやでいーよ。」



「・・・・・・みや。」



「はいはい。」



「舞美、で、いいよ。」



「うん、へへ、舞美。」



結局、あたしとこの後輩がおかしなくらい直接的な関係がなかった訳は、



この人が自由奔放だからではなく。

どこか掴めない人だからではなく。

何か企んでる様な笑みを見せるからではなく。



だってそんなの当たり前だ。
あたしには自由奔放なちぃや、どこか掴めないももや、何か企んでる様な笑みを見せる佐紀が友達にいて。

だからそれが理由になるはずがなく。



お互い本能的にわかっていたのだ。

あたし達が直接的な関係を持った時、どうしようもないくらいに惹かれ合うということを。



それが怖くて、触れられなかった。
ずっと触れることができなかった。



はず、なのに。



みやは簡単に触れてきた。
いつの間にか近くにいて、あたしの方からまた近づけさせて、触れた。

遠慮なく、触れた。



「・・・・・・もういいの?」



「ん?まぁ、もう限界かな。」



「限界・・・・・・。」



「好きだよ、舞美。」



唇を奪われる。
手が早いな、この子は。
そう思ったけど、求めてるのはあたしも同じで。



聞こえるのは風の音と、熱い吐息。



end

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