・短編B・

□疑わしい予約
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目の前に立ちはだかる立派なマンション。
それを見て無意識にため息が出る。



生徒会の仕事で、こんなに緊張してるのは初めてだ。
ていうか、これは生徒会の仕事と言っていいんだろうか・・・・・・。



事の発端は吉澤先生。



―――――――――――



新しく生徒会長に就任して、もう色々な仕事に慣れてきたこの頃。
今日も書類などを整理し終わって、後は帰るだけだった。



「おっ!生徒会長、いいところに!今帰り?」



そんなところで、吉澤先生に捕まってしまったのだ。



「帰りですけど・・・。」



なんか嫌な予感。
うん、仕事を押しつけられそう。



「よし!じゃあちょっと頼みごとあんだけど。」



そう笑いながら言われて、封筒と地図を渡された。

なんで帰りって言ってるのに仕事を押し付けるんだろ・・・・・・・・・って地図?



「これさ、夏焼の家まで届けてくんない?これ地図ね。」



「・・・・・・・・・へっ?」



え。
ちょっと待ってくださいって。
全然意味がわからないんですが、てかそういうのは明日学校で渡せば良いんじゃないんですか。
だってそんなわざわざあたしが家行く必要なんて・・・・・・。

そう思ったことを口に出す前に、吉澤先生が口を開いた。



「これね、明日までに提出しなくちゃいけないやつなんだよ。しかも進路希望ってゆー大切なもん。あいつずっと出さない上に締め切りの今日学校サボりやがってさぁ。だからお願い!」



「で、でも・・・・・・」



「他の生徒に頼んだらあいつに喰われちゃいそうだしさ、生徒会長ならそんなことないと思うし!しかも!ラッキーなことに生徒会長んちの近所なんだよ、夏焼んち。」



―――――――――――



そんな風にうまく言いくるめられて、着いたのがここ。



「本当に近所だし・・・・・・。」



自分の家から自転車で10分程。
駅からだと、あたしの家より近い距離にある高級マンションだった。
絶対それをわかってて頼んだな、吉澤先生め。

言いたいことは色々あるけど、ここで立ち止まっててもなんにもならない。
早く封筒渡して早く帰っちゃえばいい。



「夏焼先輩、か・・・・・・。」



あの屋上のことがあってから、たまに屋上に誘ってくれる。
まぁ、誘われる時間がいつも授業中だから、たまに誘われる昼休みにしか行けないんだけど。



そして、やっぱりあたしは夏焼先輩のことが好きになった。



予想はしていたけど、自分が単純すぎて少し凹んだ。
それに結局『みや』なんて呼べないし。



「・・・・・・早く行こ。」



なんか考えすぎた。

早く行って早く帰る。
絶対に流されない。

そう心に刻んでマンションのホールに入った。



「えと・・・・・・702、か。」



これってインターフォン押して、自動ドアを開けて貰わなきゃダメなやつだ。
き、緊張・・・・・・。



「・・・・・・・・・あ。」



「あ、どーも・・・・・・。」



ボタンの前でうろうろしてると自動ドアが開いて、あの菅谷さんが出てきた。

あれ・・・?
これって・・・・・・もしかして・・・・・・気まずい状況・・・・・・?
だってやっぱり夏焼先輩の家に行ってた訳ですもんね、はい・・・・・・。



「・・・・・・行かないんですか?」



「へっ?」



「みやの部屋。呼ばれたんじゃないんですか?」



ちょっとふてくされたようにトゲトゲしく言われる。

・・・・・・・・・可愛いな。
なんかすごい勘違いしてるけども。



「えと、あたし吉澤先生に頼まれ事をされて来たんだけど・・・・・・。」



「えっ!あ、ごめんなさい!どうぞ!みや寝てるんで何回もインターフォン押さないと起きないと思います!さようなら!!」



素早く自動ドアを開けてくれて、素早く言いたいことを全部言って、素早く去っていった。

可愛い子だな。
・・・・・・・・・菅谷さんが夏焼先輩の彼女でも、それは納得しちゃうくらい。

そんなことを考えながら、夏焼先輩の部屋の前につく。



「ついに来ちゃった・・・・・・。」



・・・・・・いやいや、なに緊張してるんだ。
ただこれ渡すだけだし。
中あがらないしすぐ帰る。

よし。



――ピンポーン



・・・・・・・・・出ない。
そういえば寝てるって言ってたよね。



――ピンポーンピンポーン



・・・・・・・・・・・・。



――ピンポーンピンポーンピンポーンピンポ・・・・・・ガチャ!



「・・・・・・・・・なに、梨沙子・・・忘れも・・・・・・あれ?」



「こ、こんにちは。」



出てきた夏焼先輩は、ボサボサ頭にスウェット。
寝ぼけているらしく、目を擦って首を傾げてる。



・・・・・・・・・可愛い・・・・・・・・・・・・菅谷さんより。



「え、あれ?なっきぃ?」



やっとあたしだって気づいた夏焼先輩は、ちょっと恥ずかしそうに頭をかいた。

なんか、学校以外の場所で会っているということに違和感。
夏焼先輩は一見無防備に感じるけど、実際のところいつも隙がないから本当にこんな無防備な状態初めてだし。



「はい。あの、これ吉澤先生から・・・・・・」



「ちょ、待った!とりあえずあがってよ。」



・・・・・・・・・頑張れ中島早貴。
ちゃんと断って早く帰るんだ。



「あ、じゃあお言葉に甘えて・・・・・・おじゃまします・・・・・・。」



・・・・・・・・・なにやってるんだか。
これ以上この人のこと好きになるつもり?
バカだなぁ、自分。



「へへっ、良かった。ヒマしてたんだよね。」



「・・・・・・・・・菅谷さん来てたのにですか?」



誰にでもこんなことを言う人だ。
たまに話すようになってわかった。

夏焼先輩は本当にタラシ。

それにしても、高級マンションだけあってすごい広い。



「あれ?なんで知ってるの?」



「下で会ったんで・・・・・・。」



噂通り可愛い子でした、タラシな夏焼先輩と違って。

そう言おうと思ったけどやめた。
この人に何言っても無駄だし。



「へぇ。梨沙子、あたしが寝てる時に帰ったから知らなかった。」



・・・・・・・・・悪気のかけらもないんですね。

広いリビングのでっかいテーブルに封筒を置いて、でっかいソファーに座った夏焼先輩の隣に座る。



「封筒ここに置いときますね。」



「・・・・・・・・・なっきぃさぁ、あたしに対する態度ヒドいよね。」



ここで、隣に座ったことを後悔した。
なんか若干押し倒されてるんですけどなんでですか。



「相変わらず敬語だし、みやって呼ばないし。」



・・・・・・・・・拗ねてる?
そんなに自分の思い通りにならないことが不満ですか。



「夏焼先輩、子供っぽいです。」



とりあえずこの体制を変えようと試みるけど退いてくれない。
しかも、拗ねたような顔から泣きそうな顔になってる。

どういうことなんですか、本当に。



「あたしのこと嫌い・・・・・・?」



「き、嫌いな訳ないじゃないですか。」



「・・・・・・・・・でもなっきぃ冷たいじゃん。」



しょんぼりしてあたしの上から退く夏焼先輩。

なんでそんな態度とるんだろう。
あたしの気持ちを知らないでそんなふうにされたら、期待しちゃうじゃないですか。



「じゃあ・・・・・・・・・」



「んー?」



何を言おうとしてるんだ。
こんなこと言っちゃったら、多分もう後戻りは出来ない。
この夏焼先輩との関係は終わってしまうだろう。

なのに、あたしの口は止まらない。



「あたしだけ好きになってくれたら、優しくしますよ。」



あーあ、言っちゃった。
はい、これでもう終わり。
あたしなんかと釣り合う人じゃないことなんて、最初っからわかってたんだけどな。



「・・・・・・・・・本当に?」



「・・・・・・・・・・・・へっ?」



え、なんですかその嬉しそうな顔。
ま、またからかってます?
もう引っかかりませんよ、絶対!



「なっきぃが好きだよ。」



笑ってそういう夏焼先輩。
その言葉にフリーズするあたし。



「最初からそう言ってたじゃん。」



た、確かに言ってましたけど・・・・・・。
あれって冗談で言ってた記憶しかないんですけど。



「ほ、本当にですか・・・・・・?」



恐る恐る聞いてみると、夏焼先輩はイタズラっ子のような笑みを浮かべる。

・・・・・・・・・も、もしかして!



「あははっ!なっきぃ本当に可愛いね。」



くしゃっと頭を撫でられる。



・・・・・・・・・・・・最低だ、この人。



「・・・・・・・・・一生優しくなんてしませんからね。」



ふざけてそう言ったけど、ちょっと冗談抜きで泣きそうだ。
真面目な告白だったのに。



「なっきぃ。」



「なんですか・・・・・・っ!」



「まぁ・・・・・・予約、ね?」



・・・・・・唇にキスされた。
しかも、その後の笑みはいつものイタズラっ子みたいなのではなく、優しくて温かいものだった。



信用していいんだろうか。



そんな疑心を持つけど、初めてくれたそんな笑みに言葉は出ない。



つまり、あたしはこれからもこの人に振り回されるしかないってこと。



end

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