・短編G・

□打倒最強
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「やっべぇ遅刻遅刻!!」



―――――



『明日は個人戦全国一位の猛者がいる学校との練習試合だ。気を引き締めていけよ。特に工藤!寝坊なんかするんじゃないぞ』



そう顧問に釘を刺された昨日。
そんな楽しそうな練習試合遅れるわけねーじゃん、と思った昨日。
そんな昨日の思いはどこ行ってしまったのか。
見事に寝坊。
昨日のうちに用意してあった道具を持ってダッシュで学校に向かう。

走って10分。

道場の扉を思いっきり開けると、副将戦をやってるところだった。



「くぉら工藤!!」



「いっでぇ!!」



顧問の拳骨が飛んでくる。
ハルの頭のてっぺんに落ちたそれにうずくまってると、顧問が今の状況を説明してくれた。



「先鋒のお前がいないから次鋒を先鋒に、中堅を次鋒に、副将を中堅に、大将を副将にやってる!お前が大将だ!相手はっ」



「全国一位の野郎!!」



「野郎とか言うな!!」



「いでぇ!!」



本日二発目。
礼儀が重視される剣道で、試合中の顧問の説教&拳骨とかいかがなものか。
とは言っても相手校の顧問を始め、部員の人もクスクス笑ってくれてるからいいのか。

そしてハルの相手は。



「はぁ?」



次戦がハルと相手の番なのでもう面をかぶってるから表情はわからない。
だけどどっからどう見ても笑ってる。
プルプルしてて床に崩れそうになる体を片腕で必死に支えてる。
本当にこんな奴がつえーのかよ。



「工藤!早く着替えて面つけろ!」



「ほーい」



相手に疑問を抱きながら用意を始める。
まぁ、実際は戦えなかったはずの最強戦士と戦えるなんてラッキーだ。
集中して、あいつに勝って、次の大会の優勝候補、みたいな。

やってやる。



ハルなら出来る!



―――――



なんだよあいつ。

ハルは一分も戦えたのだろうか。

いや、短かった。

とても、短かった。



「有り得ねぇ…人間じゃねぇ…」



そうだ。
あいつ胴着来ててわかんないけど、着痩せするタイプなのかも。
脱いだらむっきむきのデブみたいな。
顔とかもすんげーんじゃねーの?
豚ゴリラみたいな。
そうだよ、絶対そうだ。
人間じゃねーんだよ。



「ありがとうございました」



「…ありがとう、ございました…!」



礼を済ませて元の位置に戻る。
自分の面を外しながら相手をじっと観察。
ほら、そろそろ出てくるぞ。
豚ゴリラのお出ましだ。



「…マジ、か」



思わず見とれた。
まず面を取った時。
切れ長の目、スラッとした鼻、ぷにっとした頬、愛嬌のある口。
そして練習試合終わりの礼の後、髪の毛も解放されて、艶のあるサラサラの髪にも見入る。



「ほら工藤、挨拶してこい」



顧問に言われて、初めて自分以外の部員がみんな挨拶して話してることに気付く。
ハルの相手は、真ん中らへんでおろおろしてるけど。



「だぁ!」



気合いを入れて立つ。
ドンドン前に進んで、握手を求めるように手を前に出す。
少し戸惑った後、この人、いや、鞘師さんはハルの手を取った。
ハルはその手を引っ張って道場の外に連れ出す。



「うぇっ?ど、どうかしましたっ?えっ?えっ?」



都合の良いことに顧問は相手の顧問と話し込んでてこの事態に気づいていない。
道場の外に出てすぐの水飲み場、そこについてようやく手を離す。
そしてハルは近くの階段を一段降りてそこに腰かける。



「隣どーぞ」



ハルの言葉に数秒迷った姿が見えたけど、言う通り座ってくれた。
それを見届けてから話し始める。



「…ハル、これでも結構強いんすよ」



「…あ、うん!強かったよ!」



「……思ってないですよね?」



「いやっ、その、手応えは…あった…!」



「…ま、いいけど。それを言いたくて連れてきたんじゃないんで」



本題はまったく別。

まぁ、率直に言うと、恥ずかしながらハルは一目惚れというものをしたみたいで。



「鞘師さんが尊敬する強い人って誰っすか」



「え?」



「いいから答えて!」



「わっ!は、はい!」



でも、あんなボロ負けして、一目惚れしたんで付き合ってくださいなんて言えない。
言えるわけない。
ハルのプライドが許さない。



「えっと、うちの学校、ここと同じで高等部があるんですよ」



「あ、鞘師さんのが年上なんで敬語いいっす」



「は、はぁ…」



「それで?」



「……その高等部の剣道部に、個人戦全国優勝者の矢島さんって人がいるんだ」



だから鞘師さんが尊敬する人より強くなって、それから告白でもしようと思ったんだけど。



「よりにもよってあの人かよぉ…!」



あの人は本当マジで鬼強い。
うちの高等部のマネージャーの鈴木先輩って人が、なぜか矢島さんと仲良しで。
こないだここの学校に来てくれた。
高等部と練習試合してから、中等部にも来て稽古をつけてくれた。
ハルはこんなチャンスは滅多にないと思って矢島さんに勝負を申し込んだ。

結果、もうなんにも得られないくらいの瞬殺。

その後、何回挑んでも結果は変わらず。
息があがってるハルに対してずっと爽やかに笑ってるあの人の笑顔が忘れられない。



そんなことが、あったんだけど。



「まぁいいや!」



「へっ?」



「ハル、めっちゃ鍛えてめっちゃ練習して、矢島さんに勝つんで、その時が来たら付き合ってください」



真剣に言った。
言った、のに。



「っ、…くくっ…んふふっ…!」



言われた本人は爆笑を抑えてて。
今日の初対面の時のような笑いで。



「絶対無理とか思ってんでしょーけどハルまじでやりますからね!そんな笑いなかったことにさせますからねっ!」



「いやっ…ちが、違うの…!くくっ…面白い子だなって…!」



なにが違うんだか。
まったく馬鹿にしやがって。
何年かかっても矢島さんを負かしてやるんだ。
そんでこの人に認めさせる。
笑ったこと謝らせてやる。



「いいっすよ…とことん笑ってれば…」



「ふぅー…本当、工藤さんて面白いね」



「…そりゃどーも」



ようやく笑いが収まったらしい。
でもハルはちょっといじいじ。
だって真剣な告白あんなに笑われたらいじけたくもなるっていうか。



「じゃあ工藤さん、今度から一緒に練習しよっか」



「………へ?」



「お互いの部活が終わった後とかお休みの日とか。どう?」



これはいったい、どういうことか。



「……嫌、かな?」



「ぜ、全然!嫌じゃないっす!だけど!え!?なんでっすか!?」



だって、二人で練習したって、ハルの練習にはなるけど鞘師さんの練習にはほとんどならないはず。
それくらいハルと鞘師さんは実力差がある。
それなのに、なんで。



「だって、付き合えないのは嫌だもん」



ハルは、キュン死にというのがどういうものなのか初めて知った。
心臓が痛くて抑える。
ぐぬぬ、と呻いた後、ちょっと気づいたことが。



「…ちょっと、今の破壊力ヤバくてスルーしそうになりましたけど、つまりハル一人で練習してても矢島さんには勝てないって遠回しで言いましたよね?」



「んー?んふふー」



笑って誤魔化した。
ていうか、否定してくんないのかよ。
いや、否定できなかったんだろうけど。
でもさ、でもさ。
到底敵わないって言われてるみたいでムカつくけどさ。
これって遠回しに告白成功じゃん?
むしろハルが一回告白して、鞘師さんも一回告白してんじゃん?



「……うがー!!」



「うわっ、な、なんだ急にっ!」



「ぜぇったい矢島さん倒す!つーか早く鞘師さんも倒す!」



嬉しさ爆発して、鞘師さんにヘッドロック。
あんま力入れてないけど。
鞘師さんも苦しむふりしてちょー笑ってるけど。



「くぉら工藤!!お前なにしてんだ!!」



そんな声が聞こえてきて。
言い訳する暇もなく、ハルは本日三回目の拳骨をくらった。



その後、一緒に練習するうちにハルと鞘師さんの関係が発展していったのは言うまでもない。



end



ハo´ 。`ル<鞘師さん、ちゅーしたい

ノリ*´ー´リ<あれ?まだ矢島さんに勝ってないけど?

ハo´ 。`ル<ぐぬぬ…!

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