・短編G・

□きっかけは保健室
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「…んぁ?誰…?」



「だっ、誰じゃないですよっ!離してください!!」



大変なことになった。



―――――



下校時間間際の保健室。
保健委員の早貴は保健室の掃除をしようとやってきたわけだけども。
ベッドに寝てる生徒がいる。
体調不良の生徒だろうか。
でもそれだったら先生がどうにかしてるはず。
おそらく、勝手にベッドを使ってるんだろう。

起こさなくては。



「あのー…ひっ!」



カーテンを少しだけ開けて覗くと、枕に散らばっていてるド派手な金髪が見えた。
思わず閉める。

ヤンキーだ、絶対ヤンキーだ。

ていうか絶対あの人だ。
夏焼雅って三年生の人。
あの怖そうな人。
みんなは格好良いっていうけど、早貴はそうは思わない。
確かに綺麗な顔だとは思うけど。
だって怖いでしょ、完全に怖いでしょ。
いつも遠目に見かけては関わりたくないと思っていたのに。
それがこんなところで。



「どうしよ…」



真面目な保健委員とヘタレな中島早貴が戦ってる。
しばらくの格闘のうち、勝ったのは真面目な保健委員。
そうだ、パッと起こしてパッと帰ってもらえばいいんだ。
早貴は別に悪いことしてないんだし。
そうだ、よし、頑張れナカジマ。



「あのっ!」



バッとカーテンを開けて声をかける。
心臓のバクバク音しか聞こえない。
もうちょっと耳をすませてみると、スヤスヤという寝息。

恐る恐る近づく。



「うっわ…綺麗…」



寝てるからかいつもの怖さはあまり感じられず、真っ先に出たのはその言葉で。
ちょっと恥ずかしい。
ぐっすり寝てくれていてよかった。

そして、一呼吸置いてから布団に隠れてる肩をトントン叩いてみた。



「あの…なつやき、先輩?もう下校の時間ですよー……ぐわっ!?」



視界がぐるり。
白い天井に綺麗なお顔。
綺麗なお顔についてる目はぼけーっと寝ぼけ眼。



「…んぁ?誰…?」



「だっ、誰じゃないですよっ!離してください!!」



そして冒頭に戻る。



「…愛理かと思ったけど……ま、いっか」



よくわからない言葉。
『愛理』って、あの『鈴木愛理』?
この『夏焼雅』が三年の有名人だとしたら、一年の有名人は『鈴木愛理』だ。
頭が良くて可愛くて人当たりがよくて。
そんな優等生とこの怖い人の繋がり?



「って、なっ、なにしてんですか!!」



ちょっと考え事してるうちに首筋に感触。
ぬめっとした感触。
走るぞくぞく。



「あ?違うの?」



ポカンとする夏焼先輩。
むしろこっちがポカンなんだけど。
違うの?ってどういうこと?



「…しに来たんじゃないの?」



「な、なにをっ?」



しばらく見つめあったまま固まったまま数秒。
ようやく夏焼先輩は早貴の上から退いてくれた。



「ごめん、忘れて」



ベッドに腰かけて、特に焦った様子もなく必死になるでもなく、軽くそう言ってくる。

よくよく考えてみると。
これは夏焼先輩と早貴だけの問題じゃないんじゃないのか。
完全に『愛理』と言った。
そして、相手が早貴じゃなく、『愛理』だったら……たぶん最後まで、していたに違いない。

そして『愛理』が本当に『鈴木愛理』なのか、という問題。

関わらない方がいいに決まってる。
だけど、止められなかった。
興味を止めることができなかった。



「あの、『愛理』って、あの『鈴木愛理』ですか…?」



気がつけば聞いていた。



「そうだよ」



即答。
別になんでもないような言い方で。

とんでもないことを知ってしまった。

『夏焼雅』と『鈴木愛理』は付き合ってる?
いや、違う。
だって、そうだったら相手が『鈴木愛理』じゃないとわかった途端行為をやめるだろう。
それなのに、こういうことはよくあるとでもいうように、行為を進めた。

『鈴木愛理』は夏焼先輩のただの予想。
おそらく、誰が来てもよかった。



「気になる?」



「へっ?」



突然聞こえた声に俯けていた顔をあげる。
口角を少しあげて、夏焼先輩が早貴を見てる。

心臓が高鳴る。
頭の中で警報も鳴る。
これはヤバいと、早貴の全身が訴える。

だけど動かない、動けない。



「ここでみんな、なにしてんのか」



退いてくれた夏焼先輩が戻ってくる。
上がっていた上半身を押し倒される。



「教えてあげるよ。君可愛いし。ちょっと地味だけど」



余計なお世話だ。
『地味』に反応してそう思ったけど、思うだけ。
体はこの人にされるがまま。

髪を撫でられて息が詰まる。
耳に口づけられて反応する。

くすくす聞こえる笑い声にときめく。

目の前に来た笑い顔に目を瞑った。






――ガラッ



扉の開く音。
ハッとして勢いよく上半身を起こす。



――ゴンッ



すごい音と共にやってくるおでこへの激痛。
おでこを抑えながら私の足らへんでうずくまる夏焼先輩を確認。

そして、自分がカーテンを開けっぱなしにしたせいで、入り口に立ち尽くす『鈴木愛理』を確認。



「……みや」



「いてて…あー、やっぱ今日愛理だったよね?」



「…あたしが先約です」



へらへらっと笑った夏焼先輩には反応しないで、早貴の方を見てそう宣言してくる。
別に取ろうと思ったわけじゃない。
ただこの人に遊ばれたというか…。



「行こ、愛理」



「…」



「ほら、睨んでないで」



「…うん」



目の前の人は早貴が知ってる『鈴木愛理』じゃない。
イケナイことをしてて、可愛いというより綺麗で、そして敵対心を持っている。



「あー、ねぇねぇ、名前は?」



「うぇっ?」



「うぇっ?じゃなくて、なーまーえ」



「な、中島…早貴…」



「おっけー、覚えとく。今日はごめんね、また今度!」



怖いと思ってたのが嘘みたいに、にこやかな笑顔を残して出ていく夏焼先輩。
今は『鈴木愛理』の方が怖い。
夏焼先輩に手を引かれて出ていくまで、ずっと早貴を睨んでいた。

もう関わりたくない。
本当に関わりたくない。

そうは思うけど。



『また今度!』



その言葉を思い出して、また次があるのかと思うと、体がちょっと熱くなる。



まさか、『鈴木愛理』が自分の恋敵になるとは15分前の自分は予想だにしなかっただろう。



end

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